第七十六話 夏の葬列(10)
「素人だからこそ、やれることもあるさ。事件を解決しなくてもいい、してもいい。そこに責任はないわけだからね」
ルナはくるくる周りながらズデンカへと近付いて来て耳元で話した。
「お前な……」
下手に関わってたら火傷するぞと言おうとしたのだが、改めて考え直せばルナはもう充分に火傷してるのかも知れない。
本人がヘラヘラとして、平気なふりを装っているだけで。
「やれやれ」
ダルコは面倒臭そうに立ち上がり、家の外へ出た。
「ご両親は結局出てきませんでしたね。なぜなんでしょう?」
カミーユがすかさずそれに続きながら言った。
「嘆きがそれほど深いのだろうさ」
ルナが答えた。
ズデンカからすれば、あまりにも当たり前の人情を改めて訊くカミーユはやはり奇妙に思えた。
「お前らもいつまでぼさっとしている。出るぞ!」
ズデンカはまだ家の中をぶらぶらしている大蟻喰とバルトロメウスに向かって叫んだ。
「別に良いだろ。ここで少しぶらぶらさせて貰うよ」
「はぁ?」
ズデンカは鬱陶しく思ったが、ヴィトルドと同じように、大蟻喰もバルトロメウスもズデンカの部下ではないのだ。
指図出来る身分ではない以上、放って置くしかなかった。
もし、ゾフィアの両親と二人が鉢合わせしたりしたら血生臭いことになるのではないかとは危惧された。だがズデンカもルナに着いていかない訳にはいかないので、家を離れざるをえない。
既にルナとカミーユはダルコを追っていた。
「すぐ戻ってくるから何も悪さをしてんじゃねえぞ」
ズデンカは出来るだけ厳しく言って、二人の後に続いた。もちろん、何も喋らないままのジナイーダも連れて。
デヤンの家は数軒離れた先だった。ゾフィアとは幼なじみだっただろうと推測された。
「どうしたぁ?」
ドアを開けた途端酒臭い息を吐きながらデヤンが現れた。
「ゾフィアの死についてこちらのペルッツ様が訊きたいそうだ」
ダルコが説明した。
「ペルッツ? 誰だよ?」
「有名な方だぞ。アグニシュカのご友人でもあるようだ」
「アグニシュカねえ。確かに顔は知っちゃいるが……」
デヤンは迷惑そうに顔を顰めた。
「ゾフィアさんが顔を失ったことについて、どう思いますか?」
ルナが出し抜けに訊いた。
「何も思わねえよ!」
デヤンは乱暴に叫んだ。
「単刀直入に訊きます。あなたがゾフィアさんの顔を潰したのですか?」
「何だとぁあ?」
デヤンをルナを殴りつけようとした。ズデンカはすかさずその腕を掴んで捻り上げる。
「いててててて!」
「言え! 事件が起こったとき、お前はどう思った? もし言わないならこのまま握りつぶすぞ」
イライラしていたズデンカは声を荒げて迫った。
「ざまあねえと思ったさ! あんなやついくら不幸になろうがなあ!」
ズデンカは手を離した。
「いてえ……馬鹿力の女だ……」
「それはずいぶんと物騒ですね。何か以前にあったと見えます。訊かせて頂きましょう」
ルナはそう言いながら家の中に上がり込みたそうに足踏みした。
ズデンカに怯えたデヤンは後退して部屋のなかに案内するかたちとなった。




