第七十六話 夏の葬列(9)
「もしかしたら、犯人はゾフィアさんの知り合いなのかもって、私思うんです。だって知らない人ならゾフィアさんは少しは顔立ちについて話すでしょう? そうしないあたり、ゾフィアさんが犯人を庇っているのかなって」
カミーユは舌が回った。人を殺すことを何とも思わない者にしては、相手の心理を再現して見せているのは妙だ。
――いや。
逆に人の感情を熟知して置いた方が分解しやすいから、かもしれないなとズデンカは考えた。犠牲者の心を全く知らないままなら失敗することも多々あるだろう。
ルナもメアリー・ストレイチーもカミーユのことを「天才」と形容した。
そういう判断を瞬時に選べてしまうのが、まさに「天才」の「天才」たるべき所以なのだろうか?
「なるほど、カミーユの言う通りだね! ゾフィアさんはきっと犯人と面識があった、だから庇っていたに違いないよ!」
ルナは嬉嬉として叫んだ。
カミーユの発言にはまったく疑いを持っていないようだった。
「誰をというのです?」
ダルコは少し迷惑そうな表情を浮かべながら言った。
「ゾフィアさんの知り合い、友達なら絞られるでしょう。検討してみましょう」
「たぶんですけど、犯人は男性じゃないかなって思うんですよ。だって、あまりにもありふれているでしょう? 男性が女性の顔に硫酸をかけるって」
カミーユも楽しそうに応じた。
――確かに。
ズデンカも納得せざるをえなかった。
さまざまな理由で男は女の顔を潰そうとする。
個人的な憤怒、嫉妬、懲罰、あるいは獲られなかった腹いせとして。
理由などどうでもいいのかも知れない。ただ、暴力的な衝動と、それを肯定する言葉さえあれば。
「ある程度は探れますが……ほとんどはみな葬列に加わっていましたよ」
「そうですか。何人かは眼につきましたが流石に全部は覚えていませんね。目付きが怪しい人は覚えています。背が高い人でしたね」
ルナが煙を吐きながら言った。
「よくお気付きになられましたね。デヤンです。ゾフィアには何度か求婚したことがありました」
「怪しい!」
ルナが叫んだ。
「しかし、デヤンは事件が起こった際に仲間と酒盛りしていました。他にゾフィアとあれこれあったものたちの大半も同じ店にいたのです。疑う訳にはいきません」
ダルコはデヤンを守った。
――よくあることだ。
ズデンカは思った。
こういう時男は必ず男を守ろうとする。男だけではない。女も一緒になって守ろうとする。
もちろん、納得する理屈がある場合もない訳ではないだろうが、無理筋なものでも守ろうとする。
ずっと昔から繰り返されてきた、そしてこの後も繰り返されていくだろう光景。
「アリバイ、ってやつですね」
ルナは笑った。
「そうそう、そうですよ! アリバイ!」
カミーユが言った。
ズデンカも推理小説は読んでいるのでそれぐらいはわかる。
とは言えアリバイを崩すのは難しそうだ。相互監視の村社会において、変な行動をする者は一瞬でわかる。
田舎で生まれ育ったズデンカが一番よく知っているところだった。
「では、デヤンさんに直接会ってみましょう。何か生前のゾフィアさんについて訊けるかも知れない」
ルナが立ち上がった。
「素人探偵丸出しだな」
ズデンカは冷やかした。




