第七十六話 夏の葬列(8)
外から見るより家のなかは案外狭かった。ズデンカは応接間を探して、静かにソファへ腰を下ろした。
「ズデンカさまですな」
ダルコが反対側に坐っていた。
「ああ、主人から聞いたか?」
「あなたのような尊大な態度のメイドは見たことがありません」
ダルコは穏やかな表情で辛辣なことを言った。ズデンカは両手を広げ、脚を組んでいたのだ。
「誰に対してもこれでずっと通してるんだが」
ズデンカは召使いに相応しい態度を極力取らないようにしている。
人間だった頃に家長のゴルシャにさんざん支配されてきたから、自然と片意地張った態度で生きてきたのだ。ルナのメイドとしてやってきたのもここ二年ちょっとで、まだまだ板についていないのもあったが今後も絶対に相手に媚びたりしたくないと思っている。
もちろん同時にそれで頑固と見なされても致し方ないと考えていたが。
「わかって雇ってるんですよ」
後から入って来たルナがダルコの横に腰掛けながら言った。
大蟻喰とバルトロメウスは玄関の周辺を嗅ぎ回って花瓶など家具調度を調べていた。
――普段の言動とは裏腹にあんなもんにも興味があるんだな。
「この街も思ったよりは楽しいところですね。いろいろ見回しちゃいました。ズデンカさん」
そう言ってカミーユがズデンカの隣に坐った。今入ってきたといった風だ。
音もなく。
何でもない会話のように見えたが、ズデンカは寒々としたものを感じた。その気になれば全員殺せるのだ、とでも言いたげだ。
まさか、既に事件を起こしたりなどしていないだろうか。
――元のお前に戻ってくれよ。
ズデンカはカミーユから眼を離していたことを後悔した。
「さて、この家でゾフィアさんが暮らしていらっしゃったんですね。とても、感慨深い気持ちになります」
ルナはあたりを見回しながらパイプを取りだし、着火をした。
老人が紙巻き煙草を取り出したので、ルナはライターを向けて火を貸した。
ズデンカは嫌な気持ちになった。
さすがに老人に対して妬いたりなどはしない。だが劇場やオペラ座などで、よく女が連れの男に煙草の火を点けてやっていたのを覚えているからだ。
――それぐらい自分でやれよ。
と思ってしまう。
「犯人は何者かわからないそうですが、何も手掛かりはないのですか?」
ルナは訊いた。
「ええ。見たのがゾフィアだけで、決して何者か言おうとはしませんでしたから。夜も遅くのことでした。誰もが寝静まるような時間にいきなり扉を開けて入ってきたのです。警察が取り調べても、家が荒らされていたり何も盗られた様子はありませんでした」
「それは面白……いえ、興味深いですね! 普通はそんな時間にやってくるのは強盗の類いに話が決まってますもんね! 殺すのであれば普通は家の主人を狙うはずですし……なら、もしかしたら犯人はゾフィアさんの知り合いだったのかも? あ……すいません。私、カミーユって言いまして、昔サーカス団にいたことがあるんです。各地を旅してもあまり街をで歩くこととかなかったから、ルナさんの元にやってくる不思議なお話たちには驚かされっぱなしで!」
これはやはり普段のカミーユとは違う。いつもならこういう時居心地の悪い笑みを浮かべたまま会話には参加せず静かに固まっているはずだ。
――あの子の方が世渡りが上手いと言っていたのはそういうことか。
事件の話を訊いて殺人鬼としての関心が呼び覚まされたのか、カミーユの瞳は輝き始めていた。




