第七十六話 夏の葬列(6)
「アグニシュカのお友達なのですか。それは大変失礼致しました。やはり、顔が広いペルッツさまだけのことはありますね。ゾフィアはアグニシュカの又従妹です。私は少し離れてはいますが、二人の親族のダルコです。最近顔を見ないのですが、元気にやっているでしょうか。この街に来ていたという噂も耳に入っているのですが……」
ダルコは急に柔らかな物腰になった。
「アグニシュカさんはヴィトカツイで元気にやってますよ。ご家族との仲もたいへんよろしいってうかがいました」
ルナはあからさまな嘘を吐いた。まあ、先日兵乱が起こったパヴィッチにいるなど、とてもじゃないが言えないだろう。外面だけはいいルナは、アグニシュカといざこざがあったような素振りは少しも見せなかった。
「それはよかった。元気でやってくれているならそれに越したことはありません」
「不躾ですが、どのような家族関係なんですか? アグニシュカさんはヴィトカツイ語をこなされますよね」
「ええ、あの子の祖母がゴルダヴァの人間なんですよ。アグニシュカの母親が隣国に嫁いだのです。実家に帰ることも多く幼い頃はヴィトカツイで暮らしていたのですが、よく故郷にも帰ってきていました。ゾフィアと遊んでいたのが昨日のように思い返されますよ」
ダルコは眼を細めた。
「そういえば、主教さまのお話のとき物騒なことをうかがいました。ゾフィアさんは顔を失ったと」
「このことはアグニシュカも知らないでしょう。親族と一部の町の者だけしか伝えられていませんので」
「硫酸ですね」
ルナが言った。ズデンカはルナに少しも自分の推理を伝えていないのに、同じ答えに行き着いていたのに驚いた。
「本当にペルッツさまは凄いですね。見抜いてしまわれましたか」
「いえ、ただの勘ですよ」
「何者かがゾフィアの家に侵入し、その顔に硫酸をかけたのです。ちょうど三年前のことでした。犯人をゾフィアは見たはずなのですが決して言いませんでした。そして、つい二日前……」
「自ら命を絶たれたのですか?」
ルナが続けた。
「はい。遺書もなにも残さず、首を吊って死んでおりました。ああ、あんなことがなければ今頃母親にもなっていたでしょうに」
ダルコは項垂れた。
「誰しも皆、親になるとは限りませんよ……それにしてもここは暑いですね。部屋のなかでお話ししませんか?」
ルナは提案した。
――あたしを気にしてくれたのか? まあそれはねえだろうな。
ズデンカは太陽に照らされても、もう何も感じない。昔はともかくヴルダラクの始祖ピョートルの血を受けてからは痒みのようなものも滅多に感じなくなっていた。
「それでは私の家はいかがでしょうか……?」
「ゾフィアさんの家へ案内してくださいませんか? わたしの仲間たちもいるので、もし入り切らないようなら別の場所にしますが」
「いえ、ゾフィアは家族と暮らしていましたので、それは問題ありません。ただ、両親ともに憔悴しております。そこはご勘弁ください。何分にも一人娘でしたので」
「ご両親とお話しなくても大丈夫です。ゾフィアさんの部屋だけでも見せて貰えれば」
ルナは微笑んだ。
「もちろん、大丈夫ですよ、私の後に付いてきてください」
ダルコは歩き出した。
「君、ステラたちを呼んできて」
ルナが指図してきた。




