第七十六話 夏の葬列(5)
ズデンカは腹を立てそうになったが、よく考えるとヴィトルドに従う義理は何もないのだ。いつの間にか一緒に行動していただけで、ズデンカの手下でも何でもない。
――うざいから怒鳴り付けていたら、いつの間にか下僕のように扱うようになっちまっていたな。
袂をわかついい機会なのかもしれない。
そもそもズデンカは人を顎で使えるような身分ではなく、ルナに雇われている身だ。
「そうだな。あたしが悪かったかもしれん」
ズデンカは言った。
「あれあれ、急に殊勝になっちゃってどうしたの?」
ルナが煽ってくる。
「何でもねえよ。それよか葬列だ」
葬列が目指すのは当然、村の墓地だった。ズデンカが一度も行ったことのない場所だ。そもそもキシュは馴染みが薄い町なので、隈なく知る由もないのだったが。
「これより故ゾフィア・×××の葬儀を取り行います」
既に深く掘られた墓穴を前にして、主教が言った。
「やはりアグニシュカとは別人だったな」
ズデンカは安心してルナの耳元に話し掛けた。
「まだ詳しくはわからないよ。話を訊かなくちゃ」
ルナはいつもの調子で答えた。
「いつもの」。だがズデンカにとっては懐かしいものだった。ここしばらくたくさんの人間に取り巻かれて二人でじっくり話す機会がなかった。
また皆の元へ戻らないといけないとわかっているからこそ、とても貴重な時間のように思えた。
主教の話は長かった。故人の話に到るまでにあれこれと神の教えの話をした。
闇に生きる者であるズデンカにとって気分がよくなるものではなかった。
「ゾフィアは顔を失いました。しかし、どのようなかたちであれ、その魂は天国で迎えられます」
主教はやがて核心に至った。
――顔を失ったか。
ズデンカは写真が伏せられていた理由がわかった。
迷信深い村だ。顔がない者の写真を立てていたら、縁起が悪いと考えられたのだろう。ズデンカはそのあたりの感覚はよく知っている。
ズデンカが人間だった時から既に二百年経っているが、その頃と比べてどれほど人の心が変化したというのだろう。
主教は話を暈かして、具体的に説明しないない。だが、ズデンカはある程度推測がついた。
ゾフィアは誰かに硫酸をかけられたのだろう。
女が顔を失うというのは、男以上に大きなことだ。その後の人生が大きく変わってしまうのだから。
写真を見るかぎりとても美人だったゾフィアを妬んで、何者かがかけた可能性が考えられた。
妬みか、それとも憎しみか。
ズデンカの見立てが外れているのかもしれない。だが、事故ならば主教はそれを告げるだろう。
主教の祈りが終わると、柩は静かに土の中へ降ろされた。
皆が蓋の上に花を投げ入れていく。
ズデンカとルナも不自然に見えないよう従った。
「明るい子だったのにねえ」
「どうしてあんなことに」
村人は口数少なく、互いに言葉を交わし合う。
中にはズデンカたちを不審げな眼で見やる者もいた。
「あなた方は?」
喪服を身に纏い、白い髭を生やした老人が訊いてきた。
「わたしはルナ・ペルッツ。諸国を旅しているものです」
ルナはすかさず自己紹介をした。
「ペルッツさん……ああ、どこかで名前をうかがった覚えがありますな。なんでこのような辺鄙な町に来られたのですか」
「実は葬列に出くわしまして。わたしの……友達によく似た写真が柩に乗せられていたので気になったのです」
「失礼ですが……お友達の名前は?」
「アグニシュカさんです」
老人は驚いたように目を見開いた。




