第七十六話 夏の葬列(3)
「ふうん、そうなんだー」
ルナは素知らぬ顔で別の方向へ歩いていった。
多少その態度に引っかかるものを感じはしたが、ズデンカはジナイーダから手を引っ張られて隣を見た。
「ズデンカ、もっとしっかり守って」
「守ってるが」
ズデンカは焦った。
ジナイーダは頬を膨らませた。
「守ってない! あいつ……ペルッツばかり大事にしてる!」
ジナイーダは珍しくルナを名前で読んだ。
ズデンカはハッとした。
確かにその通りだ。
ズデンカはジナイーダを吸血鬼にした。だからその生に対して全面的に責任を持たないといけないはずなのに。
「すまん。不甲斐なくて」
「謝らないで! 態度で示してよ! もっとギュッとして」
ズデンカはジナイーダを腕の間に入れた。いきおい抱きしめるかたちだ。
ルナに対してでさえそんなことはやったことがないので正直どぎまぎした。
「これで……いいか?」
「もっと、頭を撫でて」
ズデンカはジナイーダのつむじを触った。
「ずっと、ずっと寂しかったんだよ……あんなに酷い戦いがばっかりで……」
とは言え、ジナイーダが人間のままで今までの凄惨な戦いを目にしていたら、おそらく心が耐えられなくなっていたに違いない。
吸血鬼になったからこそ、身体を保っていることが出来たのだろう。
だからと言ってジナイーダが辛い思いをしていない訳ではない。
震えが腕に伝わってきた。
「お前を守ってやる。絶対に」
「うん」
どれだけ言葉にしても軽く思えてしまう。これから、どんなことが起こるかわからないのだ。
カスパー・ハウザーはいなくなったとしても、まだジムプリチウスがいる。他のスワスティカ残党たちも特殊な力を持っているルナを付け狙ってくるかもしれない。
そんなときジナイーダを守り切れるかはわからない。だから簡単に受け合うことはできないのだ。
――にも関わらず、あたしは。
ズデンカは辛くなった。
そして、そんな辛い気持ちを引き摺ったままで、キシュまで来てしまった。
先ほど、ズデンカはアグニシュカを修道院に預けた。
だが、ズデンカは今になってアグニシュカがキシュで育ったことを思い出したのだ。
――それを覚えていりゃ、ここで知り合いを探せたかもしれないな……パヴィッチをあまり離れちゃいけないと思ったからな……いや、あいつらは親も許さぬ恋仲だから、それはまずいのかもしれねえし……困ったもんだ。
「ねえ、君」
ルナがズデンカの服の袖を引いた。
「何だよ」
「葬列が見えないかい?」
ルナの瞳が爛々と輝いてきた。
――きっと何かお話の尻尾でも掴めそうに思ってるんだろうな。
ズデンカは周りを見渡した。
陽炎が揺らめきたつなか、遠く蟻のような黒い連なりがこちらへ向かって近付いてくる。
ズデンカは観察した。
先頭に白い服を着た主教が一人いる他は皆喪服を着ている。樫の柩の左右には故人の家族と思われる人々が集まっていた。
写真を探したが柩の上に伏せられている。ズデンカは誰が死んだのか気になった。
「誰が死んだんだろうね?」
ルナもやはり同じことが気になっていた。
「誰が死のうが死は死だ」
「不死者はさすが言うことが違う。でもわれわれ人間にとってはそれこそが問題なのさ。わたしはいつも暇のあるときは新聞を並べて訃報覧をチェックいるよ」
ルナは両手を広げて熱く語った。
「いい趣味してんな」
ズデンカは呟いた。




