第七十六話 夏の葬列(2)
たちまち蝙蝠たちが羽ばたきながら群れ集ってきた。空が暗くなったように思えるほどだった。
――ズデンカだな。何の用だ?
ズデンカは頭のなかに声が響いてきた。
――通りたいんだよ。町を抜けて北にいく。お前らの仲間に入っただろ?
――通るがいい。
――ちょっと待て。
蝙蝠の群でひときわ大きな一匹が羽ばたきながら地面におり、またたくまに姿を人間へと変えた。
「よう、俺だ」
隆々とした肩、硬い胸板――、独特の訛りのある言葉――ヴァンパイア、ベン・コートマンだ。
「ちっ、またお前か」
ズデンカは舌打ちした。
「お前とはまた戦いたくてな」
「貴様は!」
大蟻喰とヴィトルドが同時に叫んだ。二人もコートマンと交戦している。
特にヴィトルドは手痛く負けているので、恨み骨髄だろう。
「誰だったかな?」
コートマンは首を傾げた。
「ボクと戦え!」
「いや、俺と戦うのだ。今度こそぎったんぎったんにのしてやる!」
代わる代わる二人は吠えた。
しかし。
「お前らには興味がない。ヴルダラク・ピョートルの血を受けたというズデンカだけに興味がある。俺が暴走したのもあってか戦いの決着は有耶無耶だ。もう一度手合わせしたい」
コートマンはズデンカを指差しながら言った。
「お前と戦ってもあたしに益はない。何か代わりになるものをくれ……もちろん血以外でだ」
ズデンカは必死に考えて答えを絞り出した。
「血以外か……お前も妙なやつだな。並の吸血鬼なら血以外に欲しいものはまずないぞ」
「あたしも急いでいるんだ。ないなら先に行かせて貰うぜ」
「数日中には何とかなる」
「それまで待てってのかよ。やなこった」
いや、先に進んでくれていい。お前の後を追い掛けていから」
「気持ち悪いやつだな。そこまでしてあたしと戦いたいか?」
ズデンカは呆れた。
「ああ。約束だぞ」
結局話はまとまった。
またこんな奴と戦わなければいけないのは正直気鬱だったが、当座はしのげたことになる。
「それでは、失礼しますよ。吸血鬼の紳士さん」
ルナが帽子を傾けて会釈したがコートマンは返事をしなかった。
ズデンカが歩き出すとみんなついてきた。
後ろを振り返って観察してみると。
「何でズデ公ばっかり!」
大蟻喰はふて腐れていた。こちらは戦いたい気まんまんのようだ。
一方、ヴィトルドは複雑な渋い表情を見せていた。戦いたい気はあるが今のままでは弱いことを自覚しているようだ。
――こんな何も考えてないようなやつでも真剣に悩むことがあるんだが。
ズデンカはそう思うと笑いが込み上げてきたので、必死で押さえながら前を見た。
「えらく楽しそうだね」
ルナがひょこひょこ歩いて近付いて来た。
あれほど辛いことがあった後だが、今はいつも通り暢気そうだ。
「ああ、まあちょっとな」
ズデンカも小さく言った。
「もしかしてさっきの吸血鬼紳士となんかあったの?」
ルナが訊いた。前の戦いは空中でだったのであまり詳しくは知らないはずだ。
「大したねえよ。あんなやつ。まあまたひとつ厄介ごとを抱えちまったってだけの話だ」
ズデンカは答えた。




