第七十五話 月ぞ悪魔(11)
かつてフランツたちは列車のなかでとある謎に遭遇した。
それを解き明かすことは出来なかった――いや、何かわかりかけたのだが、忘れてしまったのだ。
でも、心にはなぜか暖かいものが残っていた。
――知らなくていいことなど、この世に幾らでもある。
実際ルナの能力でもなければ再現は不可能だ。フランツはここいらでファキイルの話を訊くのは止め、明日に備えるべきだと思い始めていた。
フランツはトランクを広げてなかを確かめて見た。
食品は思いのほか少ない。クンデラで買わなかったからだ。服など他に買うものが多かったので食べ物に気を回していられなかった。
その後もメアリーにすこし乾パンを分け与えて貰っただけでここまで来たのだから、腹が減ってならなかった。
「出発前に食っていかないか?」
「賛成!」
皆が同時に大声を張り上げた。
唯一ファキイルのみは月を見ていたが。
近くの料理店に皆で入ったが、ファキイルはついてこなかった。
「あのまま、置いていっていいんでしょうかねえ?」
オドラデクは言った。
――ぽつんと立ち尽くすファキイルの後ろ姿には自分勝手なこいつも心動かされるものがあったのかもしれないな。
「今はそっとして置いてやろう。ファキイルは食べなくても生きていける。食べてもいいらしいが」
オドラデクはどっしりと座席に腰掛けている。
「そーなんだー、いいこと訊いたなあ!」
オドラデクは楽しそうにしていた。
「というか確かお前その場に居合わせたはずだが?」
フランツは言った。前、フランツが作ったものを食べてくれた記憶を思い出していた。
「しっらないなぁー! ぼく、食べるのが大好きだから、食べなくても良い人が生きてるなんて考えられなーい! お姉さん、ぼく、ロブスター欲しい!」
注文票を見ながら叫びを上げるオドラデク。
メアリーは控えめにパプリカの煮付けを頼んだ。
「菜食主義者ですからね。私ちゃんは」
「意外だな。お前のような血を見るのが好きなやつが」
フランツはここぞとばかりにからかった。
料理は早速運ばれてきた。オドラデクは勢いよくロブスターを勢いよく囓り付き殻ごとかじっていた。
「それとこれとは話が別ですよ」
メアリーは汁に浸かったパプリカをナイフで細密に切りわけながら口に運んだ。
――食べ方に人間がでるとはまさにこのことだな。
フランツは感心していた。ニコラスとフランツはソーセージを頼んでいた。
食べ始めようとしたとき、
「ピコーン!」
と、いきなりオドラデクが立ち上がった。もちろんロブスターは跡形もない。
「行儀が悪いぞ」
「でも、いま情報が入ってきたんですよ。カミーユ・ボレルがルナ・ペルッツ一行と合流って!」
「なんだと」
フランツはフォークを置いた。
「そんなわけで連中は出発しました。予想された通り、吸血鬼のいるパヴィッチ北部経由で出るみたいですよ」
「すぐに追わないと!」
フランツは立ち上がった。
「急がなくてもいいですって! カミーユに見つかるかも知れないですけど、しばらくは追えそうですからね。まず、フランツさんは食べましょう。お腹が空いていると、戦ってもすぐ負けちゃいますよ」
オドラデクは子供に教えるように指を立てながら言った。
「わかったよ」
フランツはソーセージを切り始めた。




