第七十五話 月ぞ悪魔(8)
「品がないぞ」
フランツは注意した。
「品なんか構ってられますか」
メアリーは答えた。足を掻きながら。
「カミーユ・ボレルを探さないのか」
「探したくても方法がわかりませんからね。迂闊に出ていってはペルッツご一行とまた出くわさないとも限りません。まだ、肩も痛みますからね」
「……そうだったな」
フランツもメアリーに倣って路面に坐った。
「カミーユは探し出したいと思っています。そして、絶対に連れ帰る」
「だがあんなに強いんだ。どうやって捉える?」
「麻酔銃でも探すしかないでしょうね」
「今すぐには難しいな」
金ならある。
だがまだ戦闘が終わったばかりで混乱状態のパヴィッチではとても用立てられるとは思えない。
「カミーユは――そしてもちろん私ちゃんもある程度の毒の体勢があります。麻酔も試しているでしょう。仕留めるには特殊な、麻酔が必要です」
メアリーはいつしか爪を噛んでいた。ずいぶん幼げに見えるしぐさに、フランツは少し心を動かされた。
「何か知り合いに伝手があるのか」
「ええ、オルランドのアイヒンガー家は毒を扱います、そのなかでエーデルハイト――通称ハイジは私たちとも幼なじみです」
メアリーは爪を噛むのを止めた。
「そいつを頼るしかなさそうだな」
世の中には象をも倒すという麻酔があると言う。
それを使えば、メアリーの目的は達されるかも知れない。
もし、達せたらメアリーは故国に戻るだろう。そう考えるとなぜだか知れないが寂しい思いがした。
あとは俯いて時間を過ごした。既に夕暮れを過ぎて、暗くなってきていた。
月が雲間から顔を出した。黄金のように輝き、光が道を照らし始める。
「あ、月だ」
オドラデクが指差した。
「月ですね」
メアリーがゆっくり立ち上がった。素直に嬉しそうな顔をしていた。
「昼でも見えることはある。いつでもそこにあるが、気付いていないだけだ」
フランツは素直に喜べなかった。
「シュルツさん、また風情がないことを」
月は昼にも出ている。
変わらず自分たちを見詰めている。常に。
微笑みかけるかのように。
ただ、人間は気付いていないだけだ。月の光を浴びて、化け物に変身する者すらいるらしいが。
月は、月はそう――
「ルナ・ペルッツの名前も月が由来でしたよね」
メアリーは言った。
「ああ、月はトゥールーズ語だ。あいつの親がなんでその名前を与えたのかはよく知らない。訊かなかった」
フランツは後悔していた。
過去に戻れるのならば、戻って何度でも聞きたいと思う。かつての関係に戻れるのであれば、訊いてみたい。
お前の名前の由来はなんなのだ、と。
「でも、月は怖い」
ファキイルが呟くように一言。
「おや、犬狼神も恐怖するものがあるのですか?」
メアリーは眼を細める。
「我の怖いものは多いぞ」
ファキイルは手短に答えた。
「なぜにです?」
「月は昔、悪魔だった」
「昔、ふーむ、昔ですかぁ、ファキイルさん基準だから、まあ千年から数万年ぐらいは前でしょうかねぇ?」
オドラデクは首を傾げる。
ファキイルは答えなかった。
「お前の知り合いだったのか」
フランツは問うた。
「ああ。なかなかよくわからないやつだった。心根が読めぬような」
ファキイルだって簡単に心根は読めない。そのファキイルが読めないというのだから、相当変な奴だったのだろう。
フランツは興味を引かれた。




