第七十五話 月ぞ悪魔(6)
「様子をうかがっていれば勝てる機会が訪れるかも知れない。俺が強くなれば」
フランツは答えた。
「強くなるって具体的には? 人間ならともかくズデンカには決して勝てないですよ。これは私ちゃんにも言えますけどね」
「俺が吸血鬼になればと一瞬……」
「あはははははははははははは!」
メアリーは甲高い笑いを放った。
「シュルツさんが吸血鬼って、こりゃ滑稽!」
「フランツさんは面白いんですよ。どうだ、このクソアマ恐れ入ったか!」
オドラデクはお門違いな方向からフランツを誉め称えている。
「冗談は置いておいて、吸血鬼はなかなか闇の子供を作りたがらないと訊いたことがあります。もちろん性格によりますけどね。男性の場合は女性より多く子供を作りたがるなんて話もあります。そこに生物としての本能が関わってるのか否か?」
「なる気はないぞ。あくまで一瞬思い付いただけだ」
フランツは恥ずかしくなりながら答えた。
「そうでしょう。吸血鬼と人間ではあまりにも行動や考えが違います。限りのない寿命なら猟人なんてとてもやっていられないでしょうから」
思っていたことが言い当てられて、フランツは恥ずかしくなった。
「もっともこれは処刑人だって同じです。人は命に限りがあるから人を殺すことができる。人ではなくなった者の殺しはもはや『殺人』とは別の何かだ」
メアリーは小声になった。
「俺は飽くまで人間のままでいく。そして死ぬ。いつかルナも似たようなことを言っていた」
「へえ、やっぱりルナ・ペルッツなのですね、あなたの行動指針は。しかし、あなたはそれを殺さなければならなくなった。行動指針を滅さなければならないとなると、あなたはどう生きればいいのか」
――こいつ、次から次へと嫌なところを突いてくる。
フランツは顔を顰めた。
「とりあえずルナ・ペルッツの後を追う、ということで決まりでしょうか?」
メアリーが表情を改めて訊いた。
「追う。だがすぐには追わない。また争いになるからだ。少し時間を置いて後から行く。オドラデク、手は打っているな?」
「はいはい。今度はルナ・ペルッツのポケットにぼくの毛を忍び込ませてますよ。また気付かれるかも知れませんが」
オドラデクは先ほどズデンカに毛を巻き付けて一行の行方を追っていたが、勘付かれて途中で切られた。
「あのカミーユ・ボレルって女はすぐにわかったみたいです。でも幸いやつは列を離れましたし、仮に再度合流したとして、ルナ・ペルッツには本性というか――別の人格でしたっけ? そっちを見せていないようだから、そう簡単には伝えられないでしょうね」
「なるほど、実にカミーユらしいですね。ズデンカには明かしてもルナ・ペルッツには明かしたくない、と」
メアリーはまた声をわずかに震わせた。
――そう言えば、こいつもまたカミーユには全く刃が立たなかったんだよな。
フランツは嫌でも二人の間の共通点を見つけ出さざるをえなかった。
「俺にはとても相手が出来るような連中じゃなさそうだ」
さっきから黙っていたニコラスは及び腰で言った。
「お前もハンターだろ? スワスティカの残党は何が何でも、殺さなければならない」
フランツは自分が脅すような態度になっていることに気付いた。




