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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十五話 月ぞ悪魔(1)

――ゴルダヴァ中部パヴィッチ



「わたしは、ビビッシェ・ベーハイムだった」


 綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツはそう明言した。


 スワスティカ猟人ハンターフランツ・シュルツの眼の前で。


 いままではぼんやりしていた事実の輪廓が急激にはっきりとした瞬間だった。


 いや、既にビビッシェがルナであるという情報や証拠は揃っていた。


 だが、本人の口からそう言われるのとはまた話が違う。


 フランツはルナを殺さなければならなくなった。そうしないと、これまでの行いが正しくないことになる。


――スワスティカは残らず見つけ出して殺す。


 フランツはいままでずっと己にそれを科し実際多くを殺してきた。


 今眼の前にいるルナを殺さなければ、自分は間違っていたことになる。


 愛しているルナを。


 旅のなかでいつしかフランツはそう気付いた。長く会えない時を経て、恋心は大きく大きく育っていった。


決して叶うことはない想いは。


――なら、ひと思いに殺してしまうか。


 フランツは剣の柄を握ろうとした。


 ところが、その手は震えていた。


 先ほどもそうだ。


 処刑人メアリー・ストレイチーを突然容赦なく攻撃し始めたその友人カミーユ・ボレルの姿を見て、気が引けてしまった。


――やつは、強い。メアリーが言っていたとおりだ。あんな動き、さんざん修練を積んできた俺でもとても出来ない。


続けてズデンカの睨み付けるような視線を浴びて、自分がどれだけ臆病なのか実感した。


――少しも動かない。


 元の姿になった犬狼神ファキイルの影に隠れて、一歩も歩けなくなっていた。


「はぁ……はぁ……シュルツさん」


 肩から血を滴らせながら、メアリーは言った。


 ファキイルは、メアリーを守るように立ちはだかっていた。


「手当てする……待ってろ」


 フランツはメアリーの肩の布を引き裂いた。傷は思うより深く、血がじわじわと滲み出ていた。


 カミーユなら、もう少し力を出せば心臓まで切り入れていたかも知れない。


 薬草を袋から取り出し何枚も貼り付ける。


――多めに採取して置いて良かった。


 ランドルフィで見付けたものだが、想像以上に役に立ってくれた。フランツが大怪我を負った際も貼れば治りが早かったのだ。


「レディの肩をさらけ出すなんて、シュルツさんはなかなか大胆ですね」


 メアリーは息は荒いながら、ふざけた調子を失わなかった。


 フランツは頬が熱くなるのを覚えた。


「カミーユを連れ戻すのは諦めた方がいい」


 フランツは誤魔化すように言った。


「諦めませんよ!」


 メアリーは真顔で言った。


 フランツのが伝染うつったのか、全身を震わせていた。


「カミーユは本当に天才です。私なんかじゃとても及ばない。あれほどの天才が世間で腐っていくのは見たくないんです」


 先ほども何度もカミーユ本人に言っていた。


 しかし、カミーユは少しも従う様子を見せなかった。


――すぐには無理だろうな。


 フランツは他人事なので冷静に考えることが出来た。


 しかし、そうは言ってられない。


「そうか。なら、俺はお前を殺さなければいけない」


 フランツはルナを見詰めた。

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