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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十四話 あなたも私も(1)

ゴルダヴァ中部都市パヴィッチ――


「どうしたんだ? カミーユ」


 綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツのメイド兼従者兼馭者にして吸血鬼ヴルダラクのズデンカは今眼の前で起こっていることを事実だと認めたくなかった。


 ナイフ投げのカミーユ・ボレルがズデンカの主人であるルナの首筋をしっかりと狙ってナイフを当てていたのだ。


 当のルナはすやすやと寝息を立てている。


「言いましたよね。ちゃんと答えないとルナさんを殺すって」


 ほとんど感情の揺らぎがわからない表情のまま、カミーユは答えた。


――やはり、メアリー・ストレイチーの言ったことは正しかったのか。


 ズデンカは先日、カミーユの幼なじみという少女メアリー・ストレイチーと会っている。


 カミーユは昔は人を殺すことなど何とも思わない存在だったとメアリーは話した。


 二つの人格をもっているとも言っていた。


――今のがもう普段見せているのとは別の人格なのか。


「返事がないですね。では、こうしましょう。十秒以内に答えないと、ルナさんを殺します。私は言ったことは必ず守りますよ」


刃先が、ルナの首の皮に食い込んだ。薄口は流れてもルナは起きない。


 ズデンカは考えた。その気になれば、跳躍してカミーユを押さえることはできる。だが、ルナには深い傷が残るかも知れない。


 首の皮を切られれば普通は死ぬ。


 普通ではない能力を持ったルナでも傷を治せるとは思わない方が良い。


 寝ているときならなおさらだ。


 カミーユに喉を掻ききられたら、ルナを吸血鬼ヴルダラクにするより他、方法はなくなるではないか。


――本当に愛している者を、吸血鬼にすることは出来ない。


ズデンカに力を与えたヴルダラクの長老ピョートルの言葉が蘇った。


「話す。話すから待ってくれ。確かにあたしはメアリー・ストレイチーと会った。お前とは古くからの友達らしいな」


「どのようなことを話したんですか?」


 カミーユは冷たく訊いた。


「詳しくは知らない。お前は二つの人格を持っていると言っていた」


「なるほど。仮にルナさんが目覚めたとして、ズデンカさんはそのことを話しますか?」


「話せるわけがないだろう。ルナを危険に巻き込んでしまう」


「他にも、いろいろ秘密を持ってますね。ズデンカさんは」


 カミーユは眼を細めた。


「ああ、それも話せというのか?」


 ズデンカは自分の声が険しくなっていることに気付いた。


「いえいえ、話さなくても」


 とカミーユはすーっとナイフをルナの首から引いた。


「お前! 話が違うぞ」


 驚いたズデンカはルナの首を見たが、傷は最初にうっすらと出来たもの以外は付いていなかった。


「必ず守ると言ったでしょう?」


 カミーユは短く言った。


「驚かせんな」


 ズデンカはルナの首筋を指でなぞり、うっすらと浮き出た血を拭き取った。


「さてと」


 カミーユはしれっとルナの横に寝転んだ。


「わたしは一休みしますかね」


「これまであたしらに見せていたあの優しいカミーユは嘘なのか」


 ズデンカは絞り出すように声を出した。


「嘘じゃないですよ。いまはちょっと眠って貰っているだけです。重宝してるんですよ。あの子のほうが世渡りは上手いですから」


 カミーユは背中を向けたまま言った。ズデンカが絶対に殺したりしてこないことを知っているかのようだった。

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