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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十三話 飛ぶ男(8)

「じゃあ、アデルベルトはよくいる詐欺師で、父の方が変わった考えを持っていたと?」


 バルトロメウスは言った。


「はい。よく思い返してください。あなたの生家にはたくさんの本があり、幼いあなたはそれを読んでいた。父親は読みもしてなかったと語っていましたよね」


「ああ」


「でも、それはひょっとして先入観なんじゃないでしょうか? この世界を離れたかったのは実はヨハネスさんだった可能性だってあるじゃないですか」


「そんな馬鹿な」


 バルトロメウスは困惑しているようだった。


「面白いじゃないか。もっとルナの考察を聞かせてよ」


 先ほどまで黙っていた大蟻喰が半身を起こし、腕を組みながら言った。


「他人からのもらい物だったとしても自分に興味のない本をそんなにたくさん家に置いておくでしょうか? わたしは本好きだからそのあたり少し解せないなと感じてしまうんですよ」


「父が家にあった本を読んでいたのかいなかったのか、今となってはわからない」


 バルトロメウスは首を傾げていた。


「なるほど。そこはわからないか。じゃあ幻想を使ってみようかな。でもバルトロメウスさんの頭のなかにある記憶を実体化するだけだから、抜本的解決には繋がらない」


「結構だ。幻影だとしても父母にまた会いたいとは思わないな」


「でも、アデルベルトさんならどうです? 質問はたくさんおありでしょう? もちろんそれだってあなたの記憶の中にあるものだ」


「それなら問題ない。やってくださいよ」


 バルトロメウスは腕を組んで言った。意識してかせずか、そのしぐさは大蟻喰と被った。


「では」


 とルナはパイプを取りだしもくもくやり始めた。


――病人がいるんだからちったあ気を使え。


 ズデンカは言うか言うまいか思い惑ったがやめておいた。


 煙はやがてあっと言う間に人のかたちをとった。中年の、目付きが鋭い男が現れた。


「ここはどこだ……なんだお前らは……虎頭までいやがるな」


 男は顎に手をやって思案した。


「お久しぶりです。僕はバルトロメウスです」


「バルトロメウス? ヨハネスの息子だろうがよ。なんでそんな格好になった?

 声も低いな。身長もこんなに短かっただろ?」


 とアデルベルトは手を動かした。


「いろんなことがあったんです。あれから月日も流れました」


「おかしなことを言うな」


「僕はもうすっかり大人になったんですよ。冒険などに憧れることもなくなりました。今はできるだけ平穏無事な生活が送りたいと、そればかり願っているほどなのに。こうして周りには厄介ごとを持ち込んでくる連中がいる」


「あ?」


 ズデンカはよっぽど怒鳴りつけてやりたくなった。とは言え、現状ではバルトロメウスを戦力として使いたいのは間違いないので、「厄介ごとを持ち込んでいる」とも言えるのだ。


「まあなんかよくわからねえが、お前は俺になんか用があるのか?」


「ええ、あの日どういう理由から牧師館へと足を運ばれたのか、ずっと気になっていました。父もあなたを見てかなり動揺していたようでしたから、過去に因縁でもあったのかと思いまして」


 バルトロメウスは予想外に丁寧に説明をした。


「何だそんなことか」


 アデルベルトは窓の前まで歩いていって外を眺めた。

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