第七十三話 飛ぶ男(7)
「ふむ。なるほどなるほど、非常に興味深い。でも残念ながら、わたしは探偵ではありません。これまで何度も言っていることですけどね」
ルナは机に座って、白手袋をはめた手を組んだ。
――こりゃ興味を惹かれたな。
ズデンカは苦笑した。
「あなたのお話には色々と謎がある。ですが、わたしが聞いた限りでは、の話ですけれど、幾らか犯人の答えは導き出せそうです」
「へえ、それは興味深いや。誰だと思うんだい?」
「あなたの綺譚に出て来た人物を検討して見ましょう。父ヨハネスさん、アデルベルトさん、母、親戚、そしてあなた――バルトロメウスさん」
ルナは言った。
「その誰かかが犯人だ、というのか」
「いえいえ、あくまで仮説ですよ。幾通りも説ができるでしょう。想像通りアデルベルトさんがヨハネスさんを殺し、飛ぶ男はアデルベルトさんだった説。これがスタンダードですね。アデルベルトさんがヨハネスさんを殺し、飛ぶ男はアデルベルトさんではなかった説。母がヨハネスさんを殺し、飛ぶ男は母だった説。母がヨハネスを殺し、飛ぶ男がアデルベルトだった説」
「母はないだろう。病気でずっと寝ていたのだから」
「いえ、母親だって人間です。あなたの知らない側面を持っていたのかも知れない。容疑者の一人であることは疑えませんね。親戚は――まあ除外して良いでしょう。事件当時牧師館にはいなかったと思われますからね。大変失礼ながらあなたがヨハネスさんを殺し、アデルベルトさんが飛ぶ男だった説。あなたがヨハネスさんを殺し、あなたが飛ぶ男だった説。あー、これだと話の前提が覆っちゃうからなしか」
「おいおい細かすぎるぞ」
ズデンカは突っ込んだ。
「細かく考えてみることは必要さ。他にもいろいろな仮説は立てられる。まずヨハネスが本当に死んだのかどうかだ」
「父は死んでいたはずだけどな」
バルトロメウスは母親や自分がヨハネスを殺したと言われても少しも起こる様子なく、穏やかに言った。
「語りを信じるならもちろんそうです。でも、わたしは懐疑主義者ですからね。動顛していたあなたはヨハネスさんの顔をちゃんと確認したとは思えないんですよ」
ルナはいつもの雄弁な調子に戻っていた。
「そこまで言われるならはっきりとは思い出せないな。誰かがベッドで刺されて横たわっているから、僕は父だと思ったのかも知れない」
バルトロメウスは思い返しながら言った。
「顔を潰していた可能性もありますよ。ヨハネスさんがアデルベルトさんに自分の服を着せて顔を潰せば、簡単にすり替われるでしょう。田舎の警察はそこまでちゃんと検屍をしないと言います。あなたは母そして自分は飛ぶ男となって牧師館を出ていったと言うわけだ」
「でも、なぜそんなことを?」
「飽くまで仮説ですよ」
ルナは注意した。
「アデルベルトは父と昔因縁があった。だから父を殺して怨みを晴らそうとしたんじゃないのか?」
バルトロメウスはまだ解せないようだった。
「逆にもっとちんけなこと――強請りをしようとやってきたとも考えられますよ。まず、脅しとしてあなたを使おうと試みた。でも面倒くさい言葉だったので直談判しようと踏んだわけだ、でも殺された。アデルベルトが恐ろしい男だと感じたのはあなたの思い出補正という奴かも知れない」
「思い出補正?」
「子供の頃の見たものは、大人になって見るより何割か輝いて見えるという話ですよ」
ルナは軽やかに言った。
――あー、こいつ、絶対そういう経験してるな。
ズデンカは思った。




