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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十二話 飛ぶ男(5)

 だから、僕は普通の子供なら逃げてしまいそうなところを、我慢してずっとその場にいることにしたのだ。


「そうではないだろう。お前はバルトロメウスに何かしたいんだ」


 ヨハネスはアデルベルトを敵意を込めて見詰めた。


「する訳ないだろう。こんな可愛い坊やに」


 アデルベルトは乾いた笑いを発した。


「いや、お前は俺を恨んでいるだろう。俺が一番苦しむことをしたいと思っているに違いない」


「大事な一人息子を失えば、お前は苦しむのか。それは恐れ入ったな。お前のような冷たい奴が」


 アデルベルトはふざけた調子で言った。


「そうだ。俺は息子を愛している」


 ヨハネスが答えた。


 僕は驚いていた。てっきり父は僕を心底嫌い抜いていると思っていたからだ。


 でも、驚いたからと言って父を許す気にもなれなければ愛着の念が湧こうはずもない。


僕は何事かが起こらないと内心期待の念を抱きながら様子をうかがい続けた。


「まあいい。俺はここに泊まらせて貰うよ。長くはいない。三日ぐらいだ」


 アデルベルトが切り出した。


「断る」


「そうか。じゃあ、お前は例のことをお前の息子に話してしまってもいいんだな」


「わかった。本当に三日だけだぞ」


 父は表情を変えなかった。だが、動揺の跡がうかがえた。


 アデルベルトは牧師館の上階の部屋を借りて、寝泊まりすることになった。


 僕はさっそく父親がいない時間を見繕って部屋へ遊びにいった。


 ヨハネスは監視の目を付けておきたかったのだろうが、母は病身で寝たきりだったし、使用人は他にいなかったからだ。


 もちろん世の中には少年に興味を抱く男がいることを知らなかったわけではない。


 だが、アデルベルトが僕を「可愛い坊や」と呼んだとき、その表情には好色な影が過ぎったわけではないことは確認していた。


 実際その読みは外れていなかった。


 アデルベルトは僕を歓待してくれた。


「やあやあ、自分から来てくれるとはな」


「僕は、こんな家なんか……すぐに出ていきたいんです! 今すぐにでも! 連れていってくれませんか!」


 僕はいままで溜め込んでいたものをぶちまけた。


「残念だが俺は君には関心がない。関心があるのは君の親父の過去の所業に対してだ」


 だがアデルベルトは穏やかに首を振って答えた。


「もちろん、場合によっては君を道具に使うことも考えてはいたが……そんなにまでしてこの家を離れたいなら、役には立たないな。親と離れて泣き叫ぶような子供であれば利用価値があったが」


 僕は絶望した。


 まさか、せっかく訪れてきてくれた非日常が眼の前から遠ざかっていくような気分になったのだ。


「そんな! 退屈な日常から抜け出せると思っていたのに!」


 僕は叫んでいた。


「その点に関しては叶うんじゃないかな。まあ期待してみてな」


 アデルベルトは含み笑いをしながら僕を部屋の外へと押し出していった。

それから、一度たりとも部屋の中へいれてくれなくなった。


――きっと、何か驚くべき陰謀が企まれているんだろう。僕はそれに参加させて貰うことが出来ないんだ。ああ、何と言う不幸だろう。


 そうこうするうちに二日が経ってしまった。


 僕はもう読書も勉強も手に付かなくなり、布団の中に入って一日中過ごしていた。

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