第九話 人魚の沈黙(3)
偶然知り合いになったルナ・ペルッツも似た体験をしていると訊き、初めて会ったときに意気投合したものだ。
不安が軽くなる思いがした。
収容所から逃れた者は、あまりそのことを話さない。自分たちが物のように扱われた記憶をとても思い出したくないからだろう。
ルナはフランツより何歳か年上だが、気さくに話してくれた。過去の記憶と向かい合わざるを得ないフランツにとってはそれはありがたいことだった。
師匠と弟子と言える関係ではないが、ルナからはこっそり多くを学んだとフランツは思っている。
「月並みな言い方だけど、過去は変えられないからね」
ルナはパイプを片手にいつも語っていた。フランツも同意するところだ。
――いや、そう言う風に前向きに考えないととても耐えられないのだ。
「わたしは綺譚がとても好きでね」
ルナの前向きな態度にはどこか悲しさが見えたから。
「わたしが欲しいのはそれだけなんだ」
フランツはルナとは違い、スワスティカの残党を刈り尽くすことに身を捧げる決心をした。
――グルムバッハ、絶対に仕留めてやる。
生け捕りにして裁判に掛けるのが望ましいのだが、不可能な場合、シエラレオーネ政府から殺すことも認可されていた。
もちろんトゥールーズ共和国の許しを得ることは不可能なので、秘密裡に行わないといけない。
――俺は出来る。
殺しは何度も行ってきていた。だが、ここまでの大物を仕留めたことはない。
「この、『武器』が役に立てば」
そう、鋭い目をオドラデクに向けた。
「だから、ぼくに頼るのやめてくれません? ぼくはひ弱な生き物なんですよ」
また、オドラデクが笑い声を上げた。
「お前で何人殺してきたと思っている」
「全部弱い相手ですよね。ぼくなんて使わなくても殺せる。あなたも刀が使えないという訳じゃない。なのに空の刀身なんて提げて……ああ、おかしい!」
フランツは見る見る顔を曇らせた。
また、会話が途切れる。
「汽車が着くまで退屈ですよね」
「……」
「待っている時間が長いあたり、確かに夜汽車に乗ることと人生は似ているかも知れないですね」
「ただ、坐して待ってるやつにとってはな」
「あなたはそうじゃないと?」
オドラデクはふざけた調子で言った。
「そうだ。俺は自分から動いて来た。自分で勝ち取ってきた人生だった」
「大層な自信ですね。もっとも、あなたのすべてをぼくは知ってるわけじゃないから何とも言いかねますけどね」
「知らないなら黙っとけ」
フランツは怒り混じりに叫んだ。
「ははぁ」
オドラデクは何も言わなくなった。
深夜の静けさの中、車輪の音だけがした。
「眠らないのですかね」
だいぶ経ってオドラデクはまた告げた。
「眠らない」
フランツは静かに言った。
「明日までまだ時間はありますよ」
「どう仕留めるか計画を練らなくてはいけないからな」
「勉強熱心ですね」
フランツは答えない。
「あなたと会話していて楽しいって思える女性はいませんね」
オドラデクはからかった。
フランツは黙っていたが、少し顔を赤らめたようだった。




