第七十二話 もう昔のこと、過ぎたこと(11)
どうなった、どうなったと先を急かす言葉しか出て来ないほど、フランツは興味を引かれていた。
まさか、これから自分が戦う相手がそこまで厄介な存在だったとは。
「さて再び会ってみたら、カミーユはすっかり別人に変わっていました。大人しい、内向的な少女になっていたのです。
『処刑人なんて、なりたくない。私は普通の生活が送りたい』
カミーユは言いました。
『馬鹿を言わないで!』
と、思わず私は怒鳴っていました。
あれほどの天才を、殺人の天才になるために私はオリファントに戻ってからずっと努力していたのに。安い仕事でも受け追って殺しを重ねたのです。感情をそれが、その天才はまるで過去のことなど忘れきって、生まれてからずっと虫すらも殺せなかった顔なぞして、全く忌々しい! 私は、私はどうしてくれるというんですか? あのような光景を頭のなかに刻まれて、とりかえしがつかなくなって!」
メアリーは当時の会話をありありと思いだしたのか、思わず激昂して叫んだ。
フランツはそれでやっとメアリーという人間がすこしわかった気がした。
狂ったような殺しを繰り返しているが、実際は端から罪悪感を消している訳ではない。ナチュラルで殺せるカミーユは、メアリーにとって恐怖の対象であり、憧れだったのだろう。
これは、フランツも多少は理解できる感情だった。
――殺しなど、楽しいと感じたことはない。
猟人は多いとはいえ、そこまでの人間は見たことがない。大概はフランツのように過去親族を殺されていて、その復讐心をバネにしているものが多いからだ。
パウリスカはそうだ。ニコラスが例外的なぐらいだ。
殺すことを愉しく感じられる神経を持っていれば、どんなに楽かとフランツは何度も考えていた。
「まだ、殺すことを躊躇うのか?」
ニコラスが訊いた。
「いいえ、躊躇いはしません。でも頭の隅に澱のように溜まっていくものがあります。夢に見たりとか、ね」
「へえ、お前も思ったより可愛いとこあるんだな」
フランツは嘲笑うように言った。
そして、また後悔した。
――気があるように読みとられたくない。
「はい、私ちゃんは可愛いので」
メアリーは笑い返した。
「話の続きだが、カミーユは脱走したんだったよな。その時はお前はすぐに追わなかったのか?」
「はい、行き先もまったくわからず、私も修行の途中でしたからね」
「なるほど、まあ大体はわかった」
ニコラスは答えた。まだ信用してはいない風だが、とりあえず、メアリーがどんな人間かは理解したようだ。
気付けば草の多い場所から、広々とした道路へ降りてきており、もう大分パヴィッチに近付いていると感じられた。標識や地図を照らし合わせればよくわかる。
「そろそろだな。用意は出来てるか?」
フランツは周りを見回した。
「一番出来てないのがフランツさんなんじゃないですかぁ?」
オドラデクはからかった。
「俺はいつでもばっちりだぞ!」
フランツはそう言って腰の『薔薇王』が入った鞘を叩いた。
「なんかいまのフランツさん、きもちわるぃ。あのクソ女にあてられてますねぇ!」
オドラデクはジト眼になっていた。
「そんなことない。いくぞ!」
フランツは頬が熱くなるのを感じながら叫んだ。




