第七十二話 もう昔のこと、過ぎたこと(9)
「じゃあお前が話せよ。俺は何も話したくない」
ニコラスはきっぱりと断った。
「それは残念。じゃあこんな話を一つしてみましょう。可哀相な女の子の物語。むかしむかしあるところに、独りぼっちの娘がおりました。家族はみんな先に死んじゃって、食べるものとてまるでないような状況でした」
「お前の話だろ」
フランツは先に少しメアリーの幼い頃の窮状について訊いていたので、すぐに見抜くことが出来た。
「まあそうかも知れません。で、その女の子は世間への、世界への復讐を胸に誓って生きていました。でも、そんなある日、突然チャンスが開けたのです。戦争が終わった頃のことでした。本家のほうから養育して貰えることになったのです。そこで知り合ったのは海の向こうからやって来ていた小さな女の子でした」
「これがカミーユ・ボレルのことだ。処刑人の家筋だが、メアリー……いやストレイチーの生まれた家よりははるかに格上らしいぞ」
フランツは付け加えた。
――なんで俺が解説役みたいになってるんだ。
「いいですよ、メアリーで。二人はすぐに仲良くなりました。互いの置かれた環境こそ違いましたが、寂しさを感じている、という部分では共通点があったものですから。女の子は……ややこしくなるのでここからは固有名詞にしますね。カミーユは海の向こう――トゥールーズへ帰るときメアリーを連れて行きました。初めて出来た友達を手放したくなかったのでしょう……果たしてそれはよかったのか悪かったのか」
「表向き意味深なだけのただのクズ!」
オドラデクがヤジを入れた。
「トゥールーズでの生活は思いのほか慎ましいものでした。カミーユの母親は父親と駈け落ちして生まれた子供だったのですから」
「ちょっと待て。じゃあなんでカミーユはオリファントに行ったんだ? 家から出ているなら処刑人どうしの交流などある訳ないじゃないか」
今度はフランツが質問する番だった。
「お金に困ってたんですよ。だからカミーユの祖母は支援する代わりに一年のうちの何日かは孫を預かって処刑人として修行の初歩を学ばせていました。だからオリファントの方にも連れていっていたわけです」
「なるほど、そんな事情があったのか」
フランツはとりあえず納得した。
「結論を言えよ」
ニコラスは立腹したようだった。
「数年も一緒に暮らしていると、カミーユの変な部分に気がつきます。小さな虫から始まって、犬や猫に至るまで、胴体から切断した首を地面に並べているところを目撃して、私は絶句しました。そして、もし私がカミーユと遊びたくなくなったら同じようになるんだよと、いともたやすく言ってのけました。そして、驚くべきことを私に告げたのです。自分は父親から虐待されている。ちょうどいい年齢になったので殺そうと思う、母親も同じくだ。協力をしてくれないかと――つまりはこんなところです」
――ああ、これが。
フランツはメアリーの前の話を思い出していた。カミーユ・ボレルは両親を殺害している。
吸血鬼のズデンカはとても動揺していたようだが、今のカミーユはまるで違った性格になっているのだろうか?




