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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十二話 もう昔のこと、過ぎたこと(8)

「恐がらなくていい」

 

ファキイルはあいからわず無表情だ。


「ファキイルには俺も世話になってる」


 フランツは擁護した。


――いま、言わないでいつ言うんだ。


「じゃあ……敵意は向けてこないのか」


「さあ、それは俺も断言はできないが」


 フランツは口ごもった。ファキイルには怖い側面がある。それはフランツも身を持って知っているところだった。


「危害は加えない」


 ファキイルはそう言って着地した。


「そうか……」


 ニコラスは少し表情を和らげた。


「力になってくれると思う……たぶん……俺が頼めば」


 フランツは曖昧に濁した。自信がなかったからだ。この話をファキイルと面と向かって話していないことに気付いた。拒否されるかも知れない。


「ルナ・ペルッツだったな。フランツは殺したいのか?」


 ファキイルは訊いた。


「いや、まず話をしたい」


 フランツは答えた。


「してどうするのだ」


「ほんとうにビビッシェ・ベーハイムかどうか、確かめたいのだ。本当にそうだったら……殺す。その協力をファキイル。お前にして貰いたいのだ」


「もちろんだ」


 ファキイルは短く同意するだけだった。


 だがそれがどんなにフランツに取っては心強かったか。


「では私ちゃんの作戦にも同意してくださるのですね?」


 素早く引き返してきたメアリーが訊いた。


「お前は信用出来ない」


 ファキイルは言った。先ほどもメアリーに敵意を示していたが、何かそう感じさせる物があるのだろうか。


「信用して貰わなくたって結構ですと言っているでしょう。作戦にしたがった方がフランツさんが生きのびられる可能性は増えるでしょうね」


 メアリーは底意地の悪そうな視線を、ファキイルに這わせた。


「なら、従おう」


 ファキイルは言った。あまり長い問答は無用とみたのだろうか。


 ファキイルはどういう訳かフランツを高く買ってくれている。


 フランツとて反論はない。メアリーは頭だけは並の人より切れるのは話していて感じるところだ。


 ニコラスとフランツがズデンカを食い止めてルナに迫り、カミーユをメアリーが、大蟻喰やヴィトルドをオドラデクやファキイルが迎え撃つ。


 他にも敵はいるかも知れないが、ファキイルやオドラデクの実力なら叶わないことはないだろう。結び付けた髪の毛もあるのだから、そのあたりの細かいことはパヴィッチ似付いてから調整すればいい。


 本当ならパウリスカと再会できればいいのだが、それは現状では望めそうもない。


 ニコラスも言いたいことはたくさんありそうだったが、メアリーを前にしては言いくるめられると思ったのだろうか、無言のまま歩き出した。


「みなさんの過去の話をしましょう。やはり、昔の話というのは興味深い」


 メアリーはそう言ってまた歩き出した。


「それはお前が若いからだ。年を取れば昔のことなど思い返すと辛くなるばかりだ」


 フランツは反論した。


「シュルツさんもでしょう?」


「お前よりは多少年を食っている」


「なるほど、そんな発想もあるものですか。前も言いましたけど、私だって別に楽しい過去ばかりじゃありません。にも関わらず人の昔の話を訊くのは好きなのです」


 その言い草にフランツはルナを思い出して懐かしくなった。

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