第七十二話 もう昔のこと、過ぎたこと(7)
そもそも、オドラデクはフランツが猟人になった後シエラレオーネ政府から武具として支給されたのだ。剣ではなく、これを使えといわれたのだ。
どうしてこんなやっかいな存在を与えられたかフランツはよくわからなかった。当時は緊張して理由を訊くことが出来なかったのだ。
もしかすると自分の行動を見張るためかと疑っていたが、長く付き合ううちに、オドラデクはそう簡単に上に従う性格とは思えなくなっていた。
――それすら、騙しなのかも知れないが。
いままでオドラデクの過去についてはなんらこだわらずにやってきていた
「じゃあ、お前は一体なんなんだよ!」
ニコラスはまた怯えの色を見せて言った。
「ぼくは、まあ、言ってみればかわいいものです」
オドラデクは答えになっていない答え方をした。
早い話、はぐらかしたいのだろう。本人も自分が何者なのかわからないのに違いない。
「全然かわいくないぞ」
フランツは応じてやることにした。
「もおおおおおお、んなこと言っちゃって! フランツさんはぼくが好きすぎて、心と反対のことを言っちゃうんですよ!」
オドラデクはぴょんと跳びはねた。
頭がぶつかりそうになったので思わずフランツは避ける。
オドラデクのはしゃぎ振りにはどうもメアリーとフランツが会話を止めたのも関係しているように思われた。
「あまりこいつの言うことは信じない方がいいぞ」
フランツはニコラスに言った。
「ああ、虫の鳴き声ぐらいに思っておく」
ニコラスは苦々しく笑いながら答えた。
「フランツさんはねえ、ぼくにこれまでさんざん助けられてきたんですよ! どーだどーだ! すごいだろお!」
オドラデクは自己アピールを怠りない。
――うざい。
フランツは思った。
「ストレイチーはわかった。オドラデクもまあそんな感じだと理解したが、お前が連れてる女の子は誰なんだ?」
オドラデクを無視して、ニコラスは訊いた。
子供服のファキイルはさらに後ろの方で何も言わずとことこ歩いて尾いてきていた。
「ここだけの話だ。秘密にしてくれるか?」
フランツは答えた。
「ああ、もちろん」
「あいつはファキイルだ」
「なんだと? あの神獣とか犬狼神とか言われる存在か?」
ニコラスは驚いていた。
「本人の発言によればそうらしい」
「……まさか……神話のなかの存在だぞ! 俺の母親が好きでな……読み聞かせて貰っていた」
ニコラスはシエラフィータ族ではない。だが志望して猟人を目指した。
両親もオリファントにて健在だということだが猟人は互いのことを語るのは望ましくないとされていたので、フランツは強いて訊き出そうとはしなかった。
――そんなやつがなんで猟人なんかを。
実を言えば普通の家庭に育った人間が妬ましかったから、知りたくなかったのはある。
心を惑わすものはできる限り遠ざけておきたかったのだ。
「ニコラス……だったか」
ファキイルは急に宙へ浮かび上がり、ニコラスの横へとすっとやってきた。
「うわあ!」
ニコラスは身を引いた。でも、反撃出来るようナイフの柄に手を掛けているあたりはさすがに猟人としてイホツクに教え込まれただけはある。




