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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十二話 もう昔のこと、過ぎたこと(2)

 フランツは歩みを進めた。


 暑い。だがそれを口に出して何になるだろう。


 弱音でしかない。


「暑い! あっつい! あちい!」


 オドラデクはわめき散らしながらも進んでいた。


 だが、よく見ると汗を掻いていない。


――こいつはやはり人間ではない。化け物だ。


 フランツはそう再確認するのだが、どうにも憎めないユーモラスな感情がわき上がってくるのを押さえられなかった。


 だが、同じく人間ではないファキイルは汗を滴らせながら静かに歩いてきた。


 フランツはそれを見て不愍ふびんに感じた。


 ファキイルには色々と恩がある。さっきだってそうだ。


――俺のために怒ってくれた。


 ファキイルの行動原理は利他的だ。


 遙かな昔、相方だったというアモスに対してもそうだったのだろうか。


 はたして、自分は神に類するような存在から助けて貰うに値するほど存在なのだろうか。


 いつの頃からか、フランツは神を信じなくなった。


 神掛かった存在を目にしてもなお、その思いは変わらない。


――人は死んだら無だ。それ以上は何でもない。


でも実際は、天国と地獄が存在すると考えただけでフランツは恐ろしくなるからだ。


 裁かれて、自分はどちらにいくのだろうか。


 きっと地獄に違いないが、天国に行くのもいやだった。


 もし、その時ファキイルのような存在がどちらでもない方向を指し示してくれるなら――


 少しは神を信じられるようになるのかも知れない。


 だが、フランツはまだ死ねなかった。やるべきことが残っていたのだ。


 スワスティカの根絶。


カスパー・ハウザーが死んだとて、まだまだ有力な幹部は残っている。


――やつらが、一匹残らず息をしなくなる瞬間まで、俺は生きていなくてはならない。


 それまで、何年もかかるに違いない。


 身体への負担はこれまでの旅で相当なものになってきている。


 若い今は良いが、何れは耐えられなくなるときがやってくる。


――それまでだ。それまでは生きてやる。


 フランツは何度も頭の中でルナの胸を刺し貫く幻想を描いた。


 メアリーには出来ないと言われたことを。


――俺は出来る。俺は既にこの身体に人魚の刺青を施している。元には戻れないんだ。


 フランツは背中をさすった。


「そろそろですよ。アンドリッチは小さな村です」


 メアリーが言った。


「あれ、シュルツさんは背中が痒いんですか?」


 メアリーは怪訝な顔になった


「おんやあ、知らないだぁ。さては貴様ぁ、モグリですねぇ? ぼくだけが知ってるフランツさんの秘密ですよぉ! えっへん!」


 オドラデクはここぞとばかりに威張り腐った。


「ふむ。まあいいでしょう」


 メアリーは興味なさそうに言った。


 村はじきに見えてきた。広々とした川の流れが町と外部に境目のように貫いており、水車が回っている。


「絵に描いたような小村だな。風車は見たが水車を見るのは久しぶりだ」


 フランツは言った。


「思いのほか毒舌ですね」


 メアリーはからかった。


「実際そうだろ?」


「いえ、キシュの現在の首長はこの村の出身なんですよ。ですから偉大な村なんです」


「俺はよそ者だ。知らん」


「フランツさん、そのバカ女と話をしても時間の無駄です! 急ぎましょう」


 オドラデクはメアリーとフランツの言葉の応酬が滑らかになり始めたのを嫉妬したのか割り込んできた。


 と、向こうから一人の男が歩み寄ってきた。

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