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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第九話 人魚の沈黙(2)

 フランツは十才の時、カザック自治領のムルナウ収容所に入れられた。


 ろくに食べ物も与えられず、寒い中を凍えて過ごさなければならなかった。


 昼過ぎになると収容所中に響き渡る、鈍い鉄の響きを忘れられない。


 鎖に繋がれた幾人ものシエラフィータ族が歩かされている。

 重い材木を運ばされているのだ。


 何か目的があって労働させられている訳ではなかった。


 ただ一人の遊びのために無駄に歩かされてていた。


 フランツは震えながら物陰でそれをみていた。


 父のヨーゼフが中にいたのだ。


「助け……てください! 呼吸いきが……出来……ないんです……」 


 その背中へ無情に鞭が振るわれた。


「話せるってことは出来るんだろう」


 赤毛で小柄な、親衛部の黒服に身を包んだ少女が微笑んだ。 


 『火葬人』席次五、ビビッシェ・ベーハイム。


 ヨーゼフは、そのまま地面に倒れた。


 ベーハイムはヨーゼフの頭をギリギリと押し付ける。


「起きるんだよ」


 まるでパン屑をテーブルになすりつけでもしているかのように、ベーハイムは平気な顔をしていた。


 父は絶息していた。


 フランツはただ恐怖に囚われてそのさまを見ていた。


――とても、抵抗出来るなんて、その時は思えなかった。


 病気になる前は責任感あるリーダーだった父は皆から愛されていた。


 鎖に繋がれていた他の人々が一斉にベーハイムの周りを囲み始めた。直接手が届きそうな程近くにいたからだ。


「縛られてるのに抵抗するんだ?」


 ベーハイムは笑った。

 怒りが皆の間に漲った。


 ベーハイムが小柄で華奢だと見たからだろう、飛びかかって押さえつけようとした。


「馬鹿だねえ」


 ベーハイムの指と爪の隙間を縫うように血が細く、ポタポタと地面に落ちた。


 即座に血は盛り上がり、宙に浮き、ベーハイムの周りに細長い紡錘形の棒が幾つも浮かび上がった。


 「幻想展開ファンタジー・エシャイン『刺絡』」


 棒は一斉に皆の方を向く。


 逃げ出す隙もなかった。


 弾丸のような早さで、その棒が射出されたのだ。


 皆の心臓を狙って。


 あやまたず胸に突き刺された。


 ドサドサと血に倒れ伏すシエラフィータ族たち。


「ははははははっ」


 血を浴びながら両手を空へと突き上げて笑うベーハイム。


 『火葬人』の五人は皆、特殊な能力『幻想』をこの世に具現化させることが出来た。


 なすすべもなく、フランツは見ていた。


 その姿が瞳の奥に焼き付いている。


 憎い。


 絶対に殺してやると誓ったのは、収容所から解放されてかなり時間が経ってからだった。


 憎しみという感情は時を経て醸造されるらしい。


 だが、スワスティカの崩壊と共にあっけなくベーハイムは命を落とした。


 その遺体は杉の柩に入れられて、オルランド公国のどこかへ葬られたと伝えられている。


 戦後、大きくなったフランツは苦しい思いを秘めて生きなければならなかった。


 怒りをどこにぶつければ良いかが分からなかったのだ。

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