第七十一話 黒つぐみ(18)
「はい。つぐみさん、どうして私のことを守ってくれていたのですか? 何か理由があってのことなのですか?」
テレジアはゆっくりと聞いた。
鳥は鳴いた。小さな声だった。
「ふふふふふふ」
テレジアは笑った。
「言っておきますが、その鳥は幻想です。あなたの記憶から再現したに過ぎない。だから、本当のことを言っているとは限りません」
ルナは遅すぎる前置きをした。
「いえ、これでいいのです」
「話の内容を、お教え頂く必要はないですよ」
ルナはテレジアの掌の上に黒つぐみを飛び移らせながら言った。
「もちろん」
テレジアは微笑んだ。
ズデンカは知りたかった。
――オチがつかねえじゃねえか。
ヤマもオチも意味もない話は正直苦手だった。
「さあ帰るよ」
ルナはズデンカの方を向いた。
「帰るのか」
ズデンカは咎めるように言った。ルナも訊かない以上自分が問い質す権利はないように思えたので、訊けとは命令できない。
「うん」
ルナは歩き出した。
「はあ」
ズデンカはため息を吐き、それを追った。
「ルナさん、元気になってよかったですね」
カミーユは言った。
「ああ、良かったな」
ズデンカはオウム返しにした。
「そうだ。ルナさんちょっとルナさん」
カミーユはルナに走り寄って、手提げ袋から何かを取り出した。
茶色のエプロンを着けたごわごわした熊のぬいぐるみだった。
「これは?」
「ほら、前ルナさんに作ってるって言ったでしょう? 最近時間がたくさんあったので二つとも完成したんです。メアリーはバッグの中に入れてるから……こっちはカミーユです」
「カミーユと名前が一緒だね」
「そうなんです。自分に残すやつは友人の名前をつけて、もう一つは私のって……変ですかね?」
「変じゃないよ! 素敵だ。大事にさせて貰うよ!」
ルナは必死なぐらいせいいっぱいに笑って言った。
――メアリー。友人。
ズデンカはメアリー・ストレイチーのことを思い出していた。前に聞いた時はメアリーという名前に特に注意しなかったが、話を訊いた後では印象が違う。
――ストレイチーとカミーユは友人で間違いないのだ。
ズデンカはまたそれを口に出したかった。
だが、とてもじゃないが口に出来なかった。
ご機嫌なルナをまた悲しませてしまうかも知れない。
――黙っておこう。
「今日は来て頂いて大変ありがとうございました。あなたさまのご本のなかで私の話がどのように使われるか楽しみにしております。あとあなたさま方が来られた頃は誰にも口外しませんよ」
と言ってテレーザはズデンカのほうを見て片目をつぶった。
他の修道女に気付かれないよう、跫音に気を付けて修道院を出た後で、ズデンカはヴィトルドを思い出した。
「あいつを空に残したままだ」
まあ、どうでも良いかとも思えてくるが、一応あれこれ掩護してくれている縁もあるので放置していけもしない。
ズデンカも空へ飛び上がってヴィトルドを探した。
「ズデンカさーん」
ヴィトルドが近付いている。その腕には何者かが抱えられていた。
ふっと視線が言ったズデンカは驚いた。
傷だらけになったルツィドール・バッソンピエールだった。




