第七十一話 黒つぐみ(9)
院長の部屋は狭く、質素だった。小さな窓に、本棚が一つきりで、祈祷書の類いがわずかにある程度だ。
ソファもなく、木の椅子が数脚置かれた椅子だけだった。
ズデンカは物言わず坐った。
全員が坐り終えたことを確認すると、テレジアは自分の椅子に腰を掛け、話始めた。
「私は黒いつぐみたちと話をすることができると申しましたね」
「はい、たしかに」
ルナが答えた。
「私の物語、というのもつまりはそれに関することなのです。ほんとうは墓場まで持っていくつもりだったのですが、あなたさまと出会えたのは神に感謝しなければなりませんね」
テレジアは祈りを捧げる。
「まあ、あなたの神とわたしの神は少し違いますけどね」
ルナは微笑んだ。
ズデンカはひやりとした。近寄らないにしても、宗教界隈には相当頑迷固陋な人間がいることはよく理解していたからだ。
「いえ、私にとって、そうだという話です。ペルッツさまには訊いていただくだけでありがたいのです」
テレジアの顔には嫌悪の影は少しも差さなかった。
「そうですか。ではさっそくお話していただいてもかまいませんか?」
ルナは言った。
「はい」
テレジアは話し始めた。
あれは今から、もう四十――そうですね五年以上前でしたでしょうか。
スワスティカによる戦争の惨禍がもたらされる前の、長閑な時代でした。
戦争もやっと終わって、でもまたこうして再び争いが起こるのですから、つくづく人間は変わらないものだと思います。
私はまだ当時修道女になってすらいない子供でした。そのときはまさか自分がここの院長になるなんて思ってもいませんでした。
私は末っ子でしたから親から厄介払いをされて、体のいい値段で修道院に売り渡されたようなものでしたよ。
当然馴染みのない環境、すぐに嫌になってしまい、他の修道女はみんな中年かおばあさんばかり(今もたいして変わりませんが)で同じ年頃の友達もいないわたしは、いつも独りぼっちでした。
あの中庭――そう、さきほどお会いした中庭に行っては、一人遊びばかりしていました。
そんな時です。
「……」
私の名前を呼ぶものがいます。それは修道女としての『テレジア』ではなく、親から付けられた名前でした……今ではもうその名前で私を呼んでくれる人はいませんが。
「誰?」
私は答えました。
「独りぼっちなの?」
声は訊き返します。鳴き声がしました。
鳥に詳しくなかった私はよくわかりませんでした。ただ無数の黒い鳥が、近くの杜松の枝に群がっていたのです。
その光景に私はどこか、恐怖を感じました。
思わず泣き出しました。逃げる勇気すら起きなかったのです。
「泣かないで」
鳥は答えました。なぜか私はその意味を知ることができたのです。
「私たちはあなたの味方だよ」
鳥たちが私に話し掛けてきていることにはなかなか理解が及びませんでした。
でも、優しい声でした。まるで友達のように……。
「寂しいの……家を追い出されて……こんなところで独りぼっちで……」
私は思わず答えてしまっていました。知らず知らずに口からこぼれたのです。寂しい気持ちは、ずっと押し殺していたのに。
「なら、私たちと一緒に遊ぼうよ」
鳥たちは言いました。




