第七十一話 黒つぐみ(2)
――本当に責任があるのは、あたしだ。
ズデンカはそう強く思った。
アグニシュカがあまりにもルナに食ってかかってくるので、つい何とかしたくなったのだ。
エルヴィラが死んでいない場合など少しも考えないで、眼の前の厄介ごとを解決したいばかりに。
――追い払うなりなんなり方法はあっただろうがよ。なんでルナの力を頼った!
どこか依存する心があったからに違いない。肉弾戦で解決できない分野は、すべてルナに頼っていたのだから。
「ルナ」
ズデンカはわななくルナの肩を抑えた。
「目をつぶれ」
「うん」
ルナは言われた通りにした。
「エルヴィラ」
続いてズデンカは呼びかけた。
「アグニシュカはお前を忘れたんだ。もう、思い出すことはないだろう」
ルナの動揺ぶりから察した。
なくした記憶を元には戻せないのだ。もし、元に戻せるのなら、ルナはいつも通り暢気なふるまいをしているだろう。
「お前は悪くない、悪くないぞ、悪くないぞ」
ズデンカはルナの耳元で囁き続けた。
「でも」
ルナが喉を鳴らした。
「あたしが全部悪いんだ」
エルヴィラはまだ当惑して、何度も何度もアグニシュカに話しかけている。
ズデンカはルナの頬にキスしていた。咄嗟に動いたのだ。
許可も取らずにそんなことをして、ズデンカは少し不安になった。
だが、ルナの表情は柔らかくなっていた。ズデンカはそれを見て安心した。
ズデンカはルナの元を離れ、エルヴィラとアグニシュカの間に入り、両者を引き離した。
「もうお前は帰った方がいい」
「そんな。アグニシュカを置いて帰れませんよ」
――そうだろうな。
ズデンカもルナが記憶をなくしたとしたら、置いて帰れる訳はなかった。
「だが、今の状態のこいつといたらお前はもっと傷付くことになるかもしれん」
「それでもいいんです! 私はアグニシュカと一緒にいます」
エルヴィラが強く言った。
ズデンカも流石にそうなると出ていけとは言えなくなった。
時ばかりが過ぎていく。
「皆さん……お冷やでもいかがですか?」
カミーユは右往左往しながら、皆に水の入ったコップを配っていった。
カミーユは本当によくこう言うところは気が効く。ズデンカからするとやらなくても良い仕事まで自分から引き受けているように思えたが。
だが、ズデンカはカミーユの過去を同じく処刑人の一族であるメアリー・ストレイチーから聞いてしまっている。
どうしてもその所作のなかに違和感がないか探してしまうのを止められなかった。
「すまん。だが、あたしはいらねえよ」
ズデンカは断りながら深くルナの隣の椅子に身を落とした。
「ズデンカさん……アグニシュカさんはひょっとして……」
ルナの前にコップを置きながらカミーユは囁いた。
「ああ、お前の推測通り、誰かの手で偽の記憶を作られたんじゃないかと思っている」
「……やっぱり」
「何だ? 詳しいのか?」
ズデンカは言った。メアリーによれば、カミーユはもう一つの人格を作っているらしい。
「え! いっ、いえ、そんなことありませんよ! エルヴィラさん生きてるのに、なんでアグニシュカさんは殺されたなんて思い込んだんでしょうかって考えて……だとすると……ってなって……」
実に合理的な考え方だった。
――エルヴィラに訊いてみるか。
ズデンカは立ち上がって、歩み寄る。
「アグニシュカはあたしらの眼の前でエルヴィラは殺されたと言った。だが現にこうして生きているだろ? なんでそんなことをいったのかわかるか」
ルナが記憶を消したくだりは曖昧に暈かした。




