第七十話 鬼剝げ(9)
「嘘ではないですよ。あの娘はいつからか自分を守るために、もう一つの人格を作り出しました。殺しを厭わない冷酷な人格と、臆病で虫も殺さない顔をした人格。時を同じくして故郷を飛び出した。まったく、何もかも恵まれている人間は贅沢なものですね」
メアリーの声に、わずかばかり感情が乗った。
「なぜ、そんなことを?」
ズデンカは続きを急かした。
「さあ、わかりません。カミーユの変化は突然起こりましたから。本人に聞かねば答えはわからないでしょう。少なくともあの娘はとんだ猫かぶりだってことですよ」
カミーユが人を殺すのはズデンカも既にパヴィッチで見たことがある。ハウザーの手下のパニッツァという男の額を狙い過たず撃ち抜いた。
見事な手際で。
その時はズデンカも必死だったから別に何も感じなかったが、今振り返ってみれば臆病なカミーユにしては大胆だと思う。
「カミーユは生まれながらの天才です。私は後追いの鈍才です。いくら来るって魅せてもそれはうわべだけ。ああいう風に何も感じることなく嬉嬉として殺せるならどれほどよかったことでしょう」
ズデンカには理解できない感情だった。
出来るなら殺したくない。
殺すなら悪いやつでなければならないと思ってこれまでやってきた。
もちろん、長い年月の間にはその判断を誤ったことも一回や二回ではない。
だが、そのたびに嫌な記憶となって心のどこかに張り付いている。
――カミーユはそれが、できるのか。
確かにカミーユにとってはよくない両親だったかも知れないが、実の親だ。そうも簡単に殺せるとは信じがたかった。
――まだ確かめたわけではない。あくまでこいつが言っているだけに過ぎない。
だが、カミーユのことを語る際メアリーは明らかに感情を出していた。それほど、思い入れのある相手なのだろうと推測される。
――ここまで嘘を吐くだろうか。
「お取り込み中悪いですけど、ぼくはあんたのお涙頂戴な過去話なんて聞きたくないんですよ。フランツさんがお望みなのはルナ・ペルッツと話すこと。それだけ。カミーユ某は邪魔になればあなたに排除を頼みますと言うだけの話だったんじゃないですか?」
しびれを切らしたのか七色に輝く髪をした青年がわめき始めた。
「紹介し忘れました。こちらはオドラデクさん。見たらわかるように、化け物ですね」
メアリーは導くように掌を広げて説明した。
髪の毛の色が特殊に思えた以外はどこが化け物なのかはわからなかったが、先ほどからこの青年に感じた禍々しい殺気は嘘ではない。
「お前は何かあたしに含むところがあるのか?」
ズデンカはオドラデクと言われた青年を睨んだ。
「別にあなたにはありませんよ。ふん、拘束した方がてっとり早いと思っただけです」
オドラデクは腕を組んで顔を背けた。
「あたしを捕まえても絶対にルナの居場所は言わねえぜ」
ズデンカはきっぱり断言した。
「それは別に構いませんよ。私ちゃんはカミーユのことが聞きたかっただけです」
メアリーは明るく言った。
「じゃああたしは戻っていいんだな?」
「もちろん、あなたとはいずれまたぶつかることになるでしょう。私たちもこれから用事があります。フランツさん、オドラデクさんはどうですか?」
「えー!」
オドラデクは露骨に嫌そうな顔をした。
そりゃそうだろうとズデンカも思った。
――せっかくあたしを追い詰めたのに、逃すなど愚の骨頂だ。




