第七十話 鬼剝げ(8)
「私ちゃんとしてもこのヴルダラクには話を訊いてみたいのですよ。改めて自己紹介します。私はメアリー・ストレイチー。オリファント生まれの処刑人です。同じく処刑人の一族に連なるカミーユ・ボレルについて何かご存じのことはありませんか」
メアリーはそう言ってまたナイフをどこ」から取り出して空に翳した。
――そう言えばカミーユもあのナイフと似たものを使っていた。
ズデンカは思いだした。
「お前、カミーユの知り合いか?」
「ええ、よく知ってます。だから、情報交換しましょう。……うまくいけば、殺し合いは避けられるかも知れませんよ?」
メアリーは誘うかのように言った。
「……」
ズデンカは思い悩んだ。
相手側の強さがこちらを上回っていると感じる以上、戦闘を回避できるかもしれない可能性を呈示してくれるのだから乗るしかない。
だが同時に、このメアリーという女は口で入っていることを間に受けてはいけない種類の人間だとズデンカは理解していた。
――嘘かもしれねえ。まあ嘘だとして損はない。ルナたちの居場所は絶対に言わなければ。
南の方へ向かおうとしていたところから察するにパヴィッチにいることぐらいは分かっているのかも知れない。
だが正確な場所を把握までには僅かだが時間が掛かるはずだ。
「カミーユはあなたと旅をしているのでしょう?」
メアリーは聞いた。
「ああカミーユは確かにあたしと一緒にいる」
ズデンカは答えた。
「やはりですか。あの娘は相変わらず猫っかぶりでしょう」
メアリーは目を細めた。
「カミーユは大人しい。だが、実力は確かだ」
ズデンカは言葉を選びながら答えた。
「大人しい? あはははははははっ!」
メアリーは突然高笑いを始めた。
「何が大人しいもんですか! 猫っかぶりも大概にして欲しいですよ! そう……鬼、先ほど私たちを見てあなたの連れが叫んでいた言葉を借りれば、彼女も一つの鬼である事に疑いはない」
「なぜだ。カミーユは優しい心を持った人間だ。あたしとは違う」
ズデンカは「あたしやルナとは」と言いそうになったところを寸前で止めた。
「あの娘は自らの手で親を殺めたのですよ? しかも何の表情も浮かべず淡々と」
「嘘吐け」
ズデンカは信じられなかった。カミーユが両親の話をすることは度々あった。実父から虐待されていて、祖母に引き取られたと語っていたはずだ。
だが、ストレイチー家はボレル家と処刑人の一族だ。メアリーの言うことには一定の信憑性がある。
「なんで嘘を吐けましょう。私はこの目で見たのです。鮮血が路面を見たし、雨が叩き付けられる光景を」
メアリーは興奮気味に叫んだ。
「殺していたとしてそれがどうした? あたしもルナも殺している。カミーユの過去に何があろうと今が全てだ。お前のようなやつよりよっぽど信じられる」
そうは言っても、正直ズデンカは動揺していた。
あんなに優しく、大人しいカミーユ。まさか、実の親を殺めていたとは。
「あの子は生まれついての人殺しなんです。だから婆さんも、処刑人としての技を叩き込んだんだ。どれだけ無情に無惨に殺せるかどうか、そこが処刑人として一番の素質ですからね」
「じゃああたしの見た優しいカミーユは嘘だって言うのかよ?」
ズデンカは思わず本音を吐いていた。
まさか今まで一緒に来た相手に裏切られているとは思いたくない。




