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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十話 鬼剝げ(4)

「銃声が聞こえたんです! 兵隊の使うやつでした」


 カミーユは叫んだ。音だけで銃の種類を分析できるあたりにズデンカは処刑人の家に生まれた者の業を感じた。


――戦いが、ここでも続いているのか。


 ゲリラ軍の大半はハウザーの手下であるヨゼフィーネ・シュティフターに操られていたはずだ。ある者はハウザーのなかに取り込まれ、あるものはヨゼフィーネの死によって解放されたと思っているが、いまだなすすべなく、市中で戦闘を繰り広げている者たちがいるのだろう。


 概して戦争は一度始めてしまえばなかなか止めることが出来ない。


 指揮官たる大佐をズデンカはその手で殺めた。


 しかし、ゲリラ軍の大半にとって戦争は終わっていないに違いない。


 ゴルダヴァ軍の方も鎮圧は全力を出しているだろう。


――まずい。アグニシュカを助けないと。


「おいルナ、あたしは追っていくから、静かにしてろよ」


 そう言いおいてルナの表情も見ずズデンカは走り出した。


 アグニシュカはすぐ見つかった。銃声に怯えるように身を竦めて、路地の間をさまよい歩いている。


「おい、戻れ!」


 ズデンカはその肩を押さえた。


「……あなたは……?」


 アグニシュカは怯えたような狼狽えたような顔を向けた。


――あたしまで忘れたのだ。そうだろう。エルヴィラを忘れたんだったら、それに纏わるあたしやルナの記憶も曖昧になるはずだ。


 ズデンカは少し寂しかった。同時にエルヴィラの最期を見なかったのは幸いだとも思えた。


 ズデンカがその場にいたら確実にヴルダラクへ転化させていただろうから。


 理不尽に奪われた命を見捨てることは出来ない。


 ましてやそれが『仲間』だったら、なおさらだ。


 昔のズデンカだったら当然打ち捨てたはずだ。


 人が死ぬのは日常茶飯事だった。


 戦場を横断したときも死に往く兵たちを転化させようなど思ったことなどは一度もない。


 何が自分を変えたのか、よくはわからない。


 だが、ルナの存在はやはり大きかった。


「お前の知り合いだ。元居た場所に戻ろう。ここは危ない」


「いやだ……あそこには鬼がいる……怖い……」


 アグニシュカは身震いをした。


「鬼じゃない……ルナだ……」


 ズデンカは言葉少なになった。アグニシュカは心から怯えている。先ほどまでは怒っていたのだが、その怒りもおそらくは怯えの裏返しだったのだろう。


「誰だか知らない……頭のなかに靄が掛かったようだ……あなたは……」


 アグニシュカは苦しそうに言った。


 ズデンカは答えず、アグニシュカを肩に担ぎ、一分もかからずに料亭へ引き返した。


 と、今度はルナがいなくなっていた。


「あの馬鹿!」


 ズデンカは怒鳴った。


「ルナさんは、二階で休むらしいです。ここも宿屋を兼帯している店だったらしくて……」


 カミーユはすかさず言った。


 多分ルナはアグニシュカと再び顔を合わせたくなかったのだろう。


 それは配慮か、身勝手か。


ズデンカの寂しさはさらに募った。


「ズデンカ……これからどうするの?」


 ジナイーダが不安そうに問いかけてくる。


「もちろん、こんなとこはすぐに出て行ってやる。だが、アグニシュカを安全な場所に送り届けてやらなけりゃならなくなった」

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