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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七十話 鬼剝げ(3)

「弱気だな。お前らしくはっきり言ったらどうなんだ?」


 ズデンカは苛立っていた。ほんとうはこんな口調はルナには逆効果なことぐらいわかっていた。


「……」


 ルナは蒼白いまま顔を伏せてしまう。


――ジムプリチウスがやったとしたら、ルナに精神的なダメージを負わせるつもりだろうな。絶対に許せるか。


 ズデンカは拳を握り締めていた。


 世の中には人をあえて意図的に苦しませて悦ぶやつがいる。元スワスティカの重職たちも大概はそうだったが、連合軍側にもやはりいた。どこにだっている。どんな集団にだって存在する。たとえ表向きは美辞麗句で飾ろうと。


 後ろめたい過去がある者は、そういう連中にとっては格好の標的だ。


 連中はおのれのことは棚に上げながら、標的の一挙一投足をあげつらって糾弾して責め苛む。


 標的は苦しむ。


 そのありさまを見てさらに悦ぶのだ。


 ジムプリチウスは多種多様なデマ情報を流し、何千万人単位の人を苦しめ、悦んでいたゲス野郎だ。


 だが、旧スワスティカ時代からその支持者は絶えずおり、党内で逆らうことの出来るものはいなかったという。


 あの、カスパー・ハウザーでさえ。


――ヘドが出るぜ。


 ズデンカはヘドなど出せないのだが、もちろんこれは譬喩ひゆだ。はらわたもないのだが煮えくりかえりそうだった。


「ルナ、お前はやってないんだろ……」


「……」


 ルナは黙り続けた。


 アグニシュカが目を覚ました。うっすらと、ゆっくりと。


 身を起こして、ルナの顔を見る。途端に、その顔に全面の恐怖が広がった。


「鬼……!」


 そして、声にならない叫び声を上げながら店の外へと走り出した。


「追うか?」


 ズデンカは訊いた。


「いや、いい。わたしの顔が……とても怖かったのだろうさ。記憶を消してすら、ね」


 ルナは諦めきったような表情で呟いた。


「……君、わたしは鬼なんだよ。人を不幸にする鬼だ。わたしの醜さは遅かれ早かれあきらかになったんだよ。エルヴィラさんもわたしに関わらなければ死ななかったはずなんだ。アグニシュカさんだって不幸にならずに済んだ。とんだ鬼だよ……わたしは……」


 ズデンカはルナの頬をひっぱたいた。力の加減をしていなかったが、ルナの首を吹っ飛ばすことはなかった。


「馬鹿言うな! お前が鬼ならあたしは何だ。吸血鬼だ。よっぽど嫌われ者じゃねえかよ!」


「同じ人間だからわたしは嫌われるのさ。どこに言っても独りだ。同胞にもなじめない」


 赤く腫れた頬をさすりながらルナは言った。


「馴染めないからなんだ? お前が独りでいれるのは単に金や地位があるからに過ぎないだろうがよ。それがない人間はどうだ? いやでも他人と関わっていかないといけない。お前は甘ちゃんなんだ。それを自覚しろ」


 どんどん言葉が刺々しくなっていくのが分かる。


「甘ちゃんだよ。だからなんなんだ? わたしは幸運だった。生き残ってこれたし、自分で死ぬ気すらこれっぽっちもわかない」


 ルナの眼には涙が溜まっていた。ズデンカはそれを拭ってやりたいと思ったが、会話の流れからとてもできない。


「ルナさん! ズデンカさん! 言い争っている場合じゃないですよ」


カミーユが二人の間に割り込んできた。ジナイーダも少し離れた場所から心細げに見詰めている。

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