第六十九話 大物(6)
「これでお話は決まりましたね。ちゃんちゃん!」
メアリーはまた手を打ち合わせた。
「てめえの指図は受けないって言ってるだろうがよぉ!」
オドラデクは鼻息も語調も荒く、立ち上がった。
「はいはい」
メアリーは薄ら笑んだ。
「では、さっそく行きましょうか、フランツさん」
フランツは何も言わず車室の外へ歩き出した。
ずんずんと進む。
と、途中で現在列車は野外で停まっていることを思い出した。
正規の方法で外に出ることはできない。無理に出ると他の客に見られてややこしい事態になるかも知れなかった。
引き返す。
「やっぱり戻ってきた」
メアリーが言った。
既に窓は開け放たれていた。
フランツは身を乗り出す。
「本当にいいんですね。乗車賃、高かったんでしょ?」
オドラデクはまだ渋るような様子を見せていた。
「いい」
フランツは窓枠へ昇りながら言った。
暑い。日光がひりひりと顔を灼いてくる。
――『今さっき』と亡霊は言っていたが、いつなんだ?
フランツは考えた。早く行かないとルナがパヴィッチを去るかも知れない。
いや、パヴィッチと言えば、まさしく今ゲリラ軍と、政府軍の戦闘が起こっている場所ではないか。
ルナはその真っただ中でハウザーを殺したのだ。
両者がこの戦闘に関わっている可能性は充分にありえる。
――もし、ルナが先に命を落としたりしたら。
フランツは不安に思った。暗い闇の底に真っ逆さまに突き落とされるようなものだ。
この胸に蟠った思いをひとひらも打ち明けられずに、すべては謎のままで終わってしまう。
――急がないと。
フランツは駈け出した。
メアリーは平気で足並みを揃えてくる。
「焦ってますね」
「それが悪いか」
「悪くない。その焦りは正しいですよ。ルナ・ペルッツはいつ死ぬかわからない」
「死ぬかわからないのはお前もだぞ」
フランツは『薔薇王』の柄へ手をやった。不審な動きを少しでも見せれば斬り掛かるつもりだった。
「それは誰しもがそうですよね。シュルツさんだって」
メアリーは不気味な笑いを絶やさない。
「お前よりは先に死にはしない」
フランツは答えた。
「冗談が上手いですね。シュルツさんは」
メアリーは足の速度を上げた。よほど訓練を積んでいないと、フランツと併走することはできない。
処刑人としてさまざまな術を教えられたのは嘘ではないのだろう。
フランツ自身が斬り掛かったところで軽くいなされてしまう可能性は高かった。
見たところ、メアリーは剣を持っている様子はない。だが、動き易いとも思われない服の下に無数の暗器を仕込んでいるのは処刑人の常道だと習ったことがある。
なかには毒を使う者もいるとか。
フランツは有名な毒の耐性を身につけてはいるが、マイナーな毒には叶わない。
解毒する術もないこんな草原では、死んでしまうことだろう。
「フランツ」
ファキイルが宙を飛んで横に列んだ。
どこか、危ない雰囲気を察したのだろう。犬狼神の物言わぬ配慮が、フランツにはとてもありがたかった。
「大丈夫だ」
フランツは言った。つまり、ここでメアリーと事を構える選択肢を打ち消したということである。
メアリーは笑顔を崩さない。




