表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

741/1241

第六十九話 大物(2)

 フランツは十歩ばかり後退した。


 元いた部屋にはもう戻りたく気分だったがそうもいかない。


 だが、一時間ぐらいはゆっくりしても良いかと思われた。


 まさかメアリーとオドラデクが険悪と言っても殺し合いに発展する心配はないだろう。


 勝手に二人が出ていくということもありうるかもしれないが、それならそれでいいきもした。


 いや、本当は良くないのだが。


 おしゃべり連中の相手は疲れる。


 フランツは子供時代から振り返って、ここまで騒がしい連中に囲まれたことはかつてなかったように思えた。


――ルナ・ペルッツはお喋りではなかったか?


 だが、フランツにはそう感じられなかった。


 今となってはルナと一緒にいた時間はとても懐かしいものとして思い出されていた。


 もし、再び会えば鬱陶しく感じられるのかも知れないが、仮にルナとあったところでもう二度と前のような関係には戻れないだろう。


――ああ。


 何か強く切ない、胸を締め付けるような強い感情に襲われた。


――俺は弱い。こんなもの押し殺さなくてはだめだ。


 前、旅の途中で感じた秩序への希求を思い出そうとした。


 でも、無理だった。こと、ルナに対しては自分は鬼にはなりきれない。


 メアリーなど殺そうと思えば殺せる。ファキイルとオドラデクはどうだ。もちろん殺せる。


 勝てるか勝てぬかは別として。


 だがルナは……。


――メアリーの言ったとおりだ。


『あなたはルナ・ペルッツに特殊な感情を持っていますね。そういう相手は殺せないですよ』


  特別な感情。


 非常に――認めたくないが恋愛に近いものなのだった。


 かなわぬはずもない感情おもい


 だが、フランツはそれをずっとずっと、長いこと引き摺ってきた。


 そういう相手を斬ることはできない。斬りたくない。もし、そんなことになるんだったら猟人など止めてしまって……。


――俺、嘘ばっかりだな。


口先ではなんとしても斬らねばならないといいながら、心のなかでは大いに戸惑っている。


 フランツは隣の車輌まで進んだ。ひっそりとしている。


 だが、小さなささやき声が聞こえて来た。


 フランツは現実逃避も兼ねて、耳を澄ませることにした。


「あいつはとんだ大物だな」


「ああ、そうだよ大物だよ」


 何か金属的なざらつきもあるような籠もった声だ。


――何を話しているのだろう。


「そんなやつがやってくるなんてな」


「ああ、そんなやつがやってくるなんてな」


「すごいやつだよ」


「ああ、大物だ」


「そうだ、大物だよ」


「すごいなあ」


「ほんとうすごいよ、大物だ」


 意味不明な言葉。


 何かを誉め称えているのだが、内容がなく、空疎な言葉。


 どこか、人ならざるものの会話のような。


――これは、聞いてしまっていいものか?


 フランツは思った。


 この列車ではつい先日、怪異に遭遇したばっかりだ。その時は結局わかったようなわからないような、ハッキリしないままに終わってしまった。


 だが、今回はそのとき以上に禍々しいモノを感じる。


 明らかにこちらに強い悪意を持っているような。 


――ドアを開けて斬り掛かるか。


 そんな無謀なことは止めた方がいい。前も同じ展開があった。


――戻って全員と相談するか。


 と、振り返った瞬間。


「何してるんです?」


 メアリーがぬうと顔を出した。星のかたちをしたピアスが揺れて煌めいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ