第六十七話 吸血鬼(17)
「ズデンカさんも……殺されちゃうんじゃないかってすごく心配でした……」
カミーユの声は震えていた。
「馬鹿言え。あたしは吸血鬼だ。簡単には死ねねえよ」
ズデンカは笑っていった。
「そ、そうですよね。あはは……私ったらついつい心配性で」
――カミーユは優しい性格なんだな。
ズデンカはそう思った。だが少しばかり違和感も覚えた。何か地の底まで掘り進んで地金にぶつかった感じ、とでも呼べばいいのだろうか。
カミーユの顔は青白い。単に吸血鬼を恐がっているだけでもなさそうなのだ。
だが、ズデンカは深くは問わないようにした。
「ズデンカ、これからどうする予定?」
ジナイーダはそんなことはお構いなしに訊いてきた。
「ルナ次第だ。戻ると言うなら戻るし、更に北へ東へ向かうというなら行く」
ズデンカはきっぱりと答えた。
「とりあえず戻ろう。皆疲れてるだろうし」
ルナはぼそりと言った。
――お前なら、もっと旅をすると言うと思ったんだがな。
ズデンカはなぜだか少し残念だった。
「どっちにしても歩くから疲れるんだが。まあ、列車にも乗れるし、休めはするだろうな」
「あの……列車は止まっているらしいです。ついさっき、小耳にはさみまして……」
カミーユが言った。
「そうか。残念」
ルナはとくに残念そうでもなく言った。
「まあ待てばいいだろ。時間はたっぷりあるんだ」
ズデンカは言った。
「君はそうかも知れないけど、わたしたちは死んじゃうよ」
ルナは笑った。
「とりあえず、街の外に出るぞ」
荷物も必要なものはもう持っている。宿に帰る必要はない。
パヴィッチの中部まで行列は辿り着いた。破壊の程度も少なく、瓦礫で怪我をする心配はなさそうだ。
「解散だ。お前ら、解散!」
ズデンカは手を叩いて号令を下した。
――馬鹿馬鹿しい。
内心嫌気が差しながら。
ある者は自らの家を目指して去っていき、北部と南部に住んでいたため家を失った者たちは避難所の方角へ歩いていった。
「ふう、やっと身軽になれたぜ」
ズデンカは呟いた。
「わたしはずっと身軽だったけどね」
ルナが言った。
「お前は何の責任もないからな。あたしはそうではない」
「へえ、そうなんだ。事情を聴きたいとこではあるけど……」
ズデンカは少しひやりとした。ルナが自分の『ラ・グズラ』加盟の事実を嗅ぎつけたのではないかと。
「ま、いいや」
ズデンカはほっとした。カミーユ以上にルナは気にしていないようだ。
まあ、ルナの性格からすればそうだろう。
ズデンカは安心した。
そして、周囲を見回した。ヴィトルドはいるが、バルトロメウスがいない。
「どこ行きやがった?」
「ちょっと前ですよ。ズデンカさんが必死に皆を先導している時、独りだけこっそりと抜け出していきました」
誰かと思えばずっと肩に取り縋っていたメルキオールだ。
「教えろよ」
「ズデンカさんにとってはどっか行って貰った方が都合が良いんじゃないですか? ふふふふふふ。心の中を読みあった仲ですよ」
メルキオールはウインクした。
「まあ、そりゃそうだがよ……」
ズデンカは口籠もった。




