第六十七話 吸血鬼(13)
「もちろん。私が嘘を吐いているように見えますか?」
ダーヴェルは腕を組んだ。
「見えるな」
ズデンカは言った。
「それは失礼。ならば、実際にお見せしましょう。尾いてきてください」
ダーヴェルは宙に浮かんだまま飛んでいった。
「追い込んで囲んでくるつもりじゃねえだろうな」
ズデンカも空を飛び、ダーヴェルの後を追い掛けた。
巨大な年季の入った公会堂の前で、ダーヴェルは止まった。
「ここだけではないですが、人間どもはここに閉じ込めております」
さも当然であるかのようにダーヴェルは言ってのけた。
派手な象嵌が施された鉄の扉が固く閉ざされている。
――こんな場所では呼吸しづらいだろう。吸血鬼はやはり人間を物としか考えていないな。
ズデンカは扉を開け放った。
湿気たかびの臭気が漂ってくる。血以外に鈍感なズデンカでもわかるぐらいにはっきりした臭いだ。
闇の奥。ズデンカすっかり見通せた。
人々の怯えた瞳がギラヒラと光っている。本当は今すぐにでも走り出たいが、ダーヴェルの姿を見て躊躇しているようだ。
――どれだけの恐怖を植え付けやがった。
自分もつい先日までは手も足も出せなかった相手だ。
涼しげに笑うダーヴェルの横顔を盗み見ながらズデンカは思った。
「お前らもう安心しろ。もう心配はいらないから、出て来い。だがゆっくりだぞ。あんまり早く走り出たら、ぶつかり合って大変なことになるからな。まず、前の奴らが静かに出ろ」
人間の身体はとても脆いと言うことをズデンカは熟知していた。
それに、簡単なことでパニックに陥り易いと言うことも。
怖ず怖ずと人々は公会堂のなかから姿を現す。
「前の奴らが完全にでてから、後ろの奴らも進んでこい。絶対には知るんじゃねえぞ!」
ズデンカは出来るだけ怖く聞こえるよう注意しながら言った。逆らったら殺されるかも知れないと思わせないといけない。もし、恐怖を解放された喜びが上回ったら事故の元だ。
――ケッ。ダーヴェルのやり方が正しいのかよ。
全ての人が出きった後で、ズデンカはやっとため息を吐いた。
「え……、もしかして、ズデンカさんではありませんか! お久しぶりです!」
禿げた大男が突然片手を上げて、挨拶した。
「お前はブラゴタだったな」
ズデンカも覚えていた。パヴィッチで麦藁帽子などの経営をしている工場主だ。
別れ際に帽子を貰ったのだが、ルナは旅囊に詰めたきりになってしまっている。一応その囊は持ってきていたが、開けて見る暇すらなかった。
「本当に……大変なことになりまして……」
ブラゴダはハンカチを取り出して額の汗を拭いた。
「工場はどうした?」
「南部で戦闘が始まったと聞いて急いで閉じて逃げてそれきりです。どうなったかわかりません……もし、壊されていたら……」
ブラゴダの表情は曇った。
「ま、心配すんな。命さえあればなんとでもなる」
ズデンカは自分にはよくわからない感覚を誰かの真似で語った。
「はい……」
ブラゴダの顔はまだ暗い。
「ズデンカさん!」
明るい女性の声が響いた。
ズデンカは一瞬アグニシュカとエルヴィラを思い浮かべた。
だが違った。
ダニカだ。ブラゴダの工場で働く女工だった。ズデンカはかつて、悪魔から救ったことがある。
「お前か」
ズデンカは静かに言った。一番心配だった二人の安否がまだわからないことに内心苛立ちながら。




