第六十七話 吸血鬼(11)
――だが。
ルナは人間だ。カミーユも。エルヴィラも。アグニシュカも。
ズデンカだって、ジナイーダだって、かつては人間だった。他の吸血鬼の連中だってそうだろう。
かなり昔のことで、忘れてしまっているも知れないが。
なら、人間を単なる血の詰まった袋とだけ見なすのはおかしいことだと想像がつくだろう。
「お前のやっていることは間違っている。だから、あたしは全力で止める」
ズデンカはダーヴェルを睨んだ。
「私と戦う意志は変わりない、ということですね」
「ああ」
威圧感に負けそうになる。だが始祖ピョートルの血を受けた今のズデンカなら何とか耐えられそうだった。
ダーヴェルは手を差しのべた。
途端に物凄い波動が頭から襲い掛かる。
ズデンカがさきほどやったようにエナジーを飛ばしているのではないようだ。
そもそも手を下すまでもないと言いたいのだろう。
ズデンカは腹が立った。
ズデンカは波動を突き抜けてダーヴェルの近くまで進んだ。
「やはり、あなたは優秀な吸血鬼ですね。長く生きても対して使い物にならないあのグズとは違う」
ダーヴェルが微笑んだ。カアのことを言っているのだろう。
「あたしはお前を殺してでも止めさせる。人間を殺させはしない」
「……仕方ないですね」
ダーヴェルは静かに頷いた。
「ハア?」
ズデンカは拍子抜けした。
「既に私たちは充分な人間の血を吸いました。残った人間は飼っておく、と言いましたが、ズデンカさんに差し上げる、という名目で引き渡すことなら出来ます。ただし、もちろん条件はありますが」
「どんな条件だ?」
『ラ・グズラ』の全員と戦っても、人間を守り抜くつもりだったが、この突然の申し出にズデンカは面食らった。
「あなたに『ラ・グズラ』に加盟して貰う、ただそれだけです」
「無理だ! あたしには主人がいる! 旅をしているのに、お前らと一緒に動くわけにはいかない!」
――いきなりどうしたんだ。
ズデンカは焦っていた。
「『ラ・グズラ』はとてもゆるい繋がりの結社です。目的が一致したときだけ共に動く。今回のようにね。そもそも、我々は団体行動には向かない種族なのですそのお陰か、カアのように血盟に加わる振りをした者が勝手な行いをすることを防げないわけですが」
「お前らは人間を殺すのを目的としているだろ」
「あたりまえです。吸血鬼は人間の血を啜るのですからね。でも、同時に価値のある同族であるあなたを失いたくない」
ズデンカは煩悶した。
かりに死闘の末ダーヴェルを殺せたとする。でも、その上でコールマンやハロスなどを相手にして戦うのは不可能だ。
なら、申し出を受けた方がいいのではないだろうか。
ルナには決して言えない。でも、それはルナを思いやってるからこそだ。
「『ラ・グズラ』のなかには変人もいて、今回血が頂けると訊いても参加しなかったものはたくさんいますよ。住んでいる場所を離れたくないという理由の者だっていました。でも、名前を連ねているだけで多くの利点があるから加盟した者は多いんですよ。はぐれ者の吸血鬼は本当に肩身が狭い。ここであなたと別れればまた合うのは何百年先か。だから、ぜひ加盟して頂きたいのです」
ズデンカはダーヴェルの緑色の瞳を見た。いかにも流麗な口調で勧誘してはいるが、嘘は吐いていないように思われた。
「わかった。加盟しよう。だが、決してお前らとは一緒に動かない。あたしはあたしのやりたいようにする」
ズデンカは言った。




