第六十七話 吸血鬼(6)
「人間なんてどうでもいい! 俺はズデンカに用がある!」
昔からハロスには人間を「個」とすら認識しないような節があった。
ズデンカはそうではなかった。ルナに出会う前から、個として認識して、こいつは狩るべきだと思ったやつの血しか飲まないようにしてきた。
ズデンカはヴルダラク、ハロスはストリアゴイカで支族は違う。だが、そんな違い以上に二人の生き方自体がはなからまったく違うのだ。
「カスパー・ハウザーは死んだ。あたしが殺した。もうお前らに戦う目的はなくなったはずだ」
無駄だとは思いながらも、ズデンカは言った。
「カスパー・ハウザーなんざ人間のことは俺にはどうでもいいんだ。会ってもいないしね。ズデンカ、戻ろう。そして俺と一緒に血を吸い尽くそう!」
ハロスは聞く耳を持たない。血がたっぷりと滴った口元を拭った。
「仕方ねえ。力尽くで立ち退かせるしかないようだな!」
ズデンカは腕まくりをした。ハウザーとの戦いにより、着ていたメイド服はかなり破れていたが仕方ない。
「ズデンカと戦っても意味はないよ。こんなにたっぷり血が吸える機会はここ数年滅多になかったよ! 吸血鬼同志縄張りもあるからね。下手に吸ったら争いになるし官憲の連中もうるさい。最近は対吸血鬼用の武装もしてること増えた。昔みたいに上手くいかない。ズデンカもそうだろ?」
「お前と一緒にするな。なんもしていない人間まで殺すことはないだろうがよ」
「そうまでしてズデンカが人間に肩入れする理由はなに?」
「好きなやつが――守りたいやつが人間にいる、それだけだ!」
ズデンカはそう言って追突した。
ハロスは路面を転がり、もんどりを打つ。
「ズデンカ、こっちに来て。人間は君を受け入れたりなんかしない。吸血鬼の俺だけが受け入れられる」
吸血鬼は痛みを感じない。ハロスもまたそうだった。
「おい、ズデンカさんに無理強いするんじゃない」
素早く移動したヴィトルドが、ハロスの頭を押さえ付けた。
「人間風情がたやすく触るな!」
ハロスはその腕を蹴り上げようとした。しかし、ヴィトルドの鋼の身体はビクともしなかった。
――ヴィトルドのやつをいとも軽々と吹き飛ばしたクラリモンドやコールマンはやはり上位種だったんだな。
ズデンカは冷静に観察した。
ハロスも強いとは言え、それはヴルダラクの始祖の力を手に入れる前のズデンカと互角なぐらいだ。
超男性の力はそれと拮抗する程度はあると考えた方が良かった。
「おらあ!」
ヴィトルドはハロスの頭を掴みグルグルと振り回した。
やはり、体格差ではヴィトルドが優位だ。年季を積んだ吸血鬼とは言え、同等の力を持つ相手なら、男のヴィトルドに女のハロスは不利だ。
遠くの建物の壁目掛けて叩き付けられた。
煉瓦が崩れ落ち、ハロスはその下敷きになる。
「どうですか、ズデンカさん?」
ヴィトルドが顔を輝かした。
「吸血鬼はあの程度じゃ死なねえよ。何度も何度も潰して潰して潰して潰しまくらなきゃなんねえ」
「ず、ズデンカさん!」
そうヴィトルドが焦るほど今のズデンカの表情には禍々しいものがあるのだろう。
ズデンカが進み出そうとしたその時。
「ゴハッ!」
ヴィトルドが血を吐いて踞った。その腹部から血が漏れ出ていた。
「大丈夫か?」
ズデンカは周囲を見渡した。
「私らのシマでなぁに勝手に暴れてくれちゃってるんですか」
明るい声が響いた。




