第六十七話 吸血鬼(1)
――ゴルダヴァ中部都市パヴィッチ
「そう言えば」
綺譚蒐集者ルナ・ペルッツは何か思い付いたように立ち止まった。
「なんだよ?」
ルナのメイド兼従者兼馭者であるが今は歩きの吸血鬼ズデンカは、迷惑そうにそれを見た。
一行は急いでいる途中だ。北部の方で吸血鬼の集団『ラ・グズラ』の襲来が始まっているのだ。
「君、それずっと握ったままだよ」
「うげ」
ズデンカは右手を見た。白いぶよぶよとした塊が握られている。
鼠の三賢者カスパールだという。
さきほどルナたちは元スワスティカの親衛部長カスパー・ハウザーを殺した。
ハウザーは名前の同じカスパールを心臓代わりに使うことでさまざまな殺戮行為をしてきた。
ズデンカは己の力でそれをハウザーのなかからえぐり出した。勝利に酔いしれる暇もなく、それをその後もずっと握り締めたままだったのだ。
――薄気味悪い物体だ。
とは言え道に投げ出す訳にもいかず、ズデンカは途方に暮れた。
周りに聞こえるとまずいのでズデンカは一行から少しだけ先に進み、
「おいメルキオール訊いてるだろ?」
と言った。
『はいはい』
メルキオールはルナの手を握っていないのに、ズデンカの頭に直接語り掛けてきた。
『どうやった? どうやってあたしの頭のなかに入り込んできた』
『今僕はカスパールのなかに入っているんです。なんとか蘇生させられないものかとね』
バルタザールはふざけた口調で言った。
『ずいぶん器用な芸当が出来るな』
『ダテに数千年生きていないですよ』
鼠の三賢者はかなり大昔から存在し、その子孫が鼠の獣人になったと言われる。
数世紀のあいだ謎の巨島パンデモニアとして海に浮かんでいたというぶっ飛んだ経歴を語ってもいた。バルタザールはともかく得体の知れない存在なのだ。
『ともかく、こんなものをずっと持っていたくはない。どこかにしまいたいんだが』
ズデンカははた迷惑に感じた。立ち止まっていると怪しまれるので、前へ前へ歩き続ける。
『でも、今後も僕の指示がないと困るでしょう?』
『困らん』
ズデンカは一言で斬り捨てた。
『じゃあその背中の嚢の中にでも』
戦いの間は置いていたが、今は背負っている嚢には大悪魔のモラクスが入っていた。
『いかん。先客がいる』
ズデンカは断った。
『いえ、むしろその先客こそが良いんです。悪魔の力を利用してカスパールを蘇生させ、僕自身の肉体も復元できないかと考えているのです』
『面白そうだね!』
ルナも二人の会話が聞こえるらしい。
『ルナさんもああ言ってるのでぜひぜひ』
バルタザールは急かしてくる。
ズデンカは一旦考えた。今の状態はバルタザールに訊かれているのであまり良くはないが、それでも遠く離れたルナと行進できるのは有利だ。
ルナは放って置くとどこへ行くかわからない。なら、話が出来た方が楽だ。
もしも電話が携帯できるようになれば、そんな心配はいらないのだろうが、そこまで科学技術が進む前にルナの寿命は尽きてしまうだろう。
カスパールを嚢のなかに突っ込んだらそれが途切れてしまう。
――うーむ、困った。
『ズデンカさん、今の状態なら考えてることダダ漏れですよ』
バルタザールは言った。
『ふふ、わたしにもだよ』
ルナの笑い声も聞こえた。
ズデンカは恥ずかしくなった。




