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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第六十六話 名づけえぬもの(23)

「また引きこもるんじゃねーぞ!」


 ズデンカも笑って応じた。


「さすがにもう、引きこもるのも疲れたよ」


 ルナの笑いがやや和らいだ。


 ズデンカも安心した。


「じゃあ、ハウザーと向き合えよ。お前の過去と」


 だが、声は裏腹に鋭かった。たぶんルナを睨み付けているのだろう。


「ああ」


 ルナはまた顔を伏せた。そう簡単に決断できるものではないのだろう。


――お前なら出来るだろ。


 と言いそうになって、ルナを急かすようでよくないと思い止まった。


「やれるだけ、やってみる」


 そして、ハウザーの元へ歩いていった。ズデンカも全力で走っていってその後ろに従った。


「まだ、俺に立ち向かえるだけの力があるのかな」


 ハウザーは微笑んだ。


「わたしは、『名づけえぬもの』なんかにならない……ビビッシェでもない……ルナ・ペルッツだ!」


 最初は小声でボソボソと喋っていたルナは、最後になって顔を上げ、ハウザーを見据えて叫んだ。


「ほう。ずいぶんと言い返せるようになったじゃないか。君はビビッシェであることを止める。それはつまり虐殺者として己を認めざるを得なくなるというわけだ」


「どの口が!」


 ズデンカはあまりのハウザーの言い草に腹が立った。


「だってそうだろう。虐殺はビビッシェの名前で行った。だからルナ・ペルッツは綺譚蒐集者アンソロジストとして気楽に旅をすることが出来た。でも、今後はそうじゃないだろう」


 ハウザーはするすると言ってのけた。


「わたしは加害者であることを受け入れる! いくら後ろ指を指されたって構わない! もう、被害者でいることは止めたんだ!」


 ルナの声にだんだんと力が籠もってきた。ズデンカは何も言わず、ルナの手を後ろから握った。


 ルナはこれまでずっとハウザーに対して怯えていた。


 かつて、虐待された記憶。


 虐殺にも手を染めさせられていた。


 操られていたのだと幾らでも言い訳は出来るだろう。


 でも、それでもルナは自分を被害者だと言わず、加害者と呼んだ。


 それは、大きな進歩のように思われた。


「ご結構なことだ。被害者というなら、俺こそ本当の被害者だ。世間一般で持て囃されている被害者ではなく、真実の意味での弱者、被害者だったよ」


 ハウザーは両手を大きく広げた。


「どう言う意味だ?」


 ズデンカは訊いた。人間であれば、はらわたが煮え繰りかえると表現する心境だった。


「本当の被害者・弱者ほど大袈裟に喧伝しないものだよ。本当の弱者は黙っている。そして、似非被害者の喧伝に顔を顰めて、静かに反撃の時を待っているに違いない。だから俺は『鐘楼の悪魔』を使って真実の解放をもたらしてやる。君が協力する気がないなら――」


「ルナ!」


 とズデンカはルナを抱き上げて、はるか後方に飛びすさった。


 ハウザーの周辺の地面が物凄い勢いで抉れていく。路面が陥没し、土砂が逆巻いて吹き上がっているのだ。


「『対話』を始めるまでだ!」


 ハウザーが宙に浮き上がった。


 それと同時に吹き上がった土砂は颱風たいふうと化し、ルナとズデンカに襲い掛かる。


 ズデンカも宙に浮き上がり、退避を続けた。


 建物が少しづつ颱風に飲まれていく。

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