表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

708/1240

第六十六話 名づけえぬもの(20)

――ルナにどう言う風に語り掛ければいい?


 ズデンカは迷った。


 ルナは生きることを畏れている。


 罪を背負ったまま生きることを。


 それはハウザーのドードー鳥内部の深淵で確かめたことだ。


 つまり、ズデンカはルナに生きる希望を与えなければならない。


 人生は生きるに値するものだと。


――与えられるわけがない。


 ズデンカは既に人であることを止めて久しい。


 そんな存在が、生きることは楽しいよ謎と言えるだろうか。

まず、言えない。


 言えたとしたらそれは嘘になる。ズデンカは嘘は言えなかった。


 じゃあ、そのままそうしていろとも言えない。


――お前のせいで世界は危機を迎えている。だから、それを止めろ。


 ぐらいなら言えるかも知れない。


 だが、今のルナがそれを受け入れてくれるか。


 頭では自分がハウザーに操られていることは理解しているだろう。だが、本人に強く逆らう気持ちが起きない限り、そこから抜け出せない。


 ハウザーもルナにそんな気がないことを十分見抜いた上で、長いこと泳がせていたのだろう。


 ズデンカがルナに何も影響を与えられないとたかを括って。


――ルナ。


 ズデンカはルナを想った。でも、どれだけ想っても、それだけでは伝わらない。


 いや、この繭の中にあっては、もしかしたら何か伝えられるかも知れない。


 だが、口に出して言わないと、伝わらない気がした。


――ああ、もどかしい。


「ズデンカさん、進みますよ」


 バルタザールの声は降りてきた。


「わかってる」


 ズデンカは進んだ。裸足でしっかりしっかり踏みしめるように。


 床も糸で蔽われたようになっており、歩く度にざらざらとした触感が伝わる。長らく靴で歩いてきたズデンカにとっては、新鮮な感触だった。


――やわらかいな。


 やがて道は行き止まりになった。


 ルナが見つかった。ルナもまた裸になって、行き止まりの壁に磔になっていた。


 目を瞑っている。


 眠っているのだ。


――いや、寝たふりだ。


 この空間はルナの意識の中に繋がっている。なら、起きているに決まっている。


「ルナ」


 ズデンカは声を掛けた。


 ルナの瞼がピクリと動いた。


 やはりだ。ルナはズデンカが来たことを気付いている。


「帰ろうぜ」


「いやだ」


 ルナは目を瞑りながら答えた。


「ここにいたままだったら、ろくでもないことになる。わかってるだろ? それぐらい」


「だとしたら何なんだ。もうこの世とかどうでもいい。ここ、ふかふかで気持ちいいんだよ」


「それはまやかしだ。遅かれ早かれ夢は覚める。お前は現実を知ることになる」


 酷く抽象的な言い方だ。ズデンカは我ながらしくじったと思った。


「現実なんてどうでもいい。そもそも、わたしの旅は逃避だった。綺譚おはなしを聞いている、書き留めている時だけは自分の罪を忘れられる。だから、楽しかったんだ」


「お前のその楽しさはわかる。だから、わざわざ付き合ってきてやったんだ!」


 ズデンカは声を荒げた。綺譚蒐集はまったくルナの望むところだったのだが、ズデンカもだんだん奇妙な出来事や人の話を訊いたりすることが楽しくなってきていたのも事実だった。


「あたしは旅を続けたい。お前と」


 ズデンカは言った。胸が張り裂けそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ