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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第六十六話 名づけえぬもの(18)

――もう、あたしには出来る術は残されていない。ハウザーの言う通りだ。世界の滅んでいくところをただ見続けるしかないんだ。


 ズデンカは目を瞑った。本来ならどこから攻撃が飛んでくるかわからないのに、そんなことはしない方がよかったが、胸の痛みに、心臓がないはずの胸の痛みに耐えきれなくなったのだ。


 とは言え、ズデンカは目を瞑っていても、耳には遠くで唸る銃弾の音や、ヴィトルドやバルトロメウスが戦う音が響いてきた。


「……」


 沈黙は続く。


 やがて『名づけえぬもの』は羽化するだろう。どのような姿をしているかわからないが、さぞ、おぞましいものだろう。


――ルナはそんな化け物に変わっちまうのか。


 『鐘楼の悪魔』に取り憑かれた人間は元には戻らない。


 ルナだって、例外ではない。


なら、ズデンカはルナを殺さなければならない。殺せるのかすらわからないのだ。


 ズデンカは負けるかも知れない。


――負けるならむしろ幸いだ。


 あとのことは何も気にせず、ただ静かに生きて生ける。


――もう、じゅうぶん生きた。


 前に会ったコールマンのような心境にズデンカは陥っていた。


『ズデンカさん』


 声が聞こえて来た。最初は誰か分からなかった。


 だが。


 確実にどこかで聞き覚えのある声だった。


『誰だ?』


 ズデンカは心のなかで問い返した。


 しかし、答えが返ってくる前に正体が分かった。


 メルキオールだ。


『お気付きですよね』


『ああ。お前は死んだんじゃなかったのか?』


 メルキオールはルナが変じたビビッシェによって殺されたのだ。


 ズデンカが思うとそれはすぐさまメルキオールに伝わるようだった。


『ええ。前までの身体は、死んだんです。既に何回かは乗り換えを果たしてきましたから。そして今、僕はルナさんのなかにいる。ほら、僕の前の身体が死んだとき、血がルナさんに入ったでしょう?』


『てめえ、勝手にルナのなかにはいるな!』


 ズデンカは内心怒った。だが、それでも表情には出さないように努めた。ハウザーに少しでも勘付かれるとまずいと思ったからだ。


『申し訳ありません。でも、あまりにも緊急事態でして。ルナさん……鼠がお嫌いなんですね……すごい眼で見られましたよ。でも、かえってよかった』


『どうしてだ?』


 ズデンカは正直かなり不快な気分にはなったった。しかし、冷静に考えると、メルキオールはそうでもしないと完全に殺されてしまっていただろうし、そうなればズデンカが今のように一縷の希望を抱くことはなかっただろう。


『ハウザーの野望を完全に打ち砕くことは出来そうだからです』


『どうやって打ち砕くつもりだ? 早く教えろ! 殺すぞ!』


 ズデンカは焦っていた。このままだとルナは完全に『名付けえぬもの』に変わってしまう。


『おっかないですねー。でも、大丈夫です。僕を介して、ズデンカさんは直接ルナさんの心に語りかけられます』


『馬鹿言うな。あたしはいちどそれをやろうとしてものの見事に失敗した。ふたたびルナに話し掛けられる自信はない』 


 ズデンカは強がらず、自分の持っていることを素直に申し述べた。


『ズデンカさん、ルナさんを動かせるのは、あなたしかいないんですよ!』


 メルキオールは力強く言った。

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