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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第六十六話 名づけえぬもの(17)

「ルナ! ルナ! 聞こえてるか? 目を覚ませ!」


 ズデンカは叫んだ。何度も何度も。いくら否定してみても、心の何処かでは自分が叫べば、ルナは戻ってきてくれるように思っていた。


 だが、紫の肉片は何重にも張り付いてルナの姿は見えなくなっている。


「でもなあ、まだ少し材料が足りない。そうだ!」


 ハウザーは何か閃いたように指を鳴らした。


「ヨゼフィーネを材料に使おう!」


 とたんに、とぐろを巻いていたシュティフターの腐肉が、ボロボロと崩れ始めた。


「は、ハウザーさま、なぜ?」


 シュティフターは動揺の色を隠さない。


「ちょっと隙を見て君のなかにも『鐘楼の悪魔』を仕込んでおいたんだ」


 やはり、ハウザーは自分の部下のことなど手駒にしか思っていない。ルナにしても、世界中を滅茶苦茶にするための材料の一つとしか扱っていないのだ。


――なんであんなやつの言葉を信じるんだ。あたしより。


 ズデンカは爪が掌に食い込むほど拳を握り締めた。


 その傷はすぐ塞がるのだが。


 シュティフターは逃げようと身体をくねらせながら進んでいくが、やがて力尽きて路面に倒れた。


 何しろ腐肉が全て崩れていくのだからあたりまえだ。


 崩れた腐肉は黒い灰のようにクルクルとひるがえって、ルナを蔽う紫色の肉塊へと少しづつ張り付いていっている。


 やはりハウザーは『鐘楼の悪魔』の力を自分の意志で操ることが出来るのだ。


 だから、さまざまな人間の心のなかに語り掛けて暴走させ、化け物に変えていった。


その心臓代わりに使っているという鼠の三賢者カスパールの能力によるものだろう。


――えらそうに吠えるが、あいつの力はぜんぶ借り物じゃねえか。


 ルナの幻想を実体化させる能力を使って部下にそれぞれ技を使えるようにさせたらしいが、しょせんオリジナルには敵わない劣化コピーだ。


 最終的にはルナにすべて頼りきってトルタニア大陸を潰乱させようとしている。


――負けられねえ。絶対にルナを取り戻す!


 ズデンカはもう一度戦うことにした。


シュティフターの腐肉を吸い取って肥大化し続ける紫の塊へと走っていき、爪を突き立てる。


 しかし、ビクともしない。


「無駄だよ。いわば、これは『名づけえぬもの』という巨大な毒蛾を羽化させるための強固な繭だ。君がどれだけ力を使ってこじ開けようとしても結局は無駄に終わる。徒労だよ。毒蛾はやがて『鐘楼の悪魔』という卵をトルタニア全土に生み付ける。君はただ指をくわえて虐殺が広がるのを見ていることしか出来ないのさ!」


「させるかよ! こんなもの絶対に潰してやる! あたしは吸血鬼ヴルダラクだ。普通の人間より何倍も力を出せる! しかも始祖ピョートルの加護も受けてるんだ! ルナを絶対に救い出してやる!」


 だが、ズデンカが何度こじ開けようと潰そうと裂こうとしても、紫色の塊にはヒビも入らない。


「愚かだね。メイドさん。ルナ・ペルッツは最初から君の声なんて訊いちゃい無かったんだよ。何も気付いていないようだから、教えてあげるよ。ビビッシェは君のそばにいる間にも能力を使って、『鐘楼の悪魔』を君の手が届かない場所へ隠していたんだよ! 何かおかしいなって思ってただろ? 自分からこの繭のなかに入りたかったのさ!」


 ハウザーが告げる。


 ズデンカは手の動きを止めた。


 ただ、絶望だけがそこにあった。

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