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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第六十六話 名づけえぬもの(15)

 後方に控える白服たちが動き出した。


 円陣を作って楽器を取り出す。 


 ホルンが奏でられた。


 パヴァーヌだ。


 娘の死を悼むための曲。


 同時に娘を蘇らせるための曲だとペトロヴィッチは語っていた。


 だが、ハウザーがそのようなことを目的としているわけがない。


――もっと邪悪なことを考えているに違いあるめえ。


 攻撃の邪魔をされたズデンカは、シュティフターから後方へ退きながら考えた。


「俺はね、戦後の社会が嫌で嫌で嫌で嫌で嫌でたまらないんだよ。スワスティカがあった頃、虫けらどものようにひねり潰されてきたシエラフィータ族が、戦後の社会では弱者ヅラで俺たちを追い回して虐げている。やつらのなかには戦後政界や軍事方面で出世している連中もいるよ。金を持ってすらいる。これじゃあ、まるで弱者の皮を被った強者じゃないか。俺はこの似非弱者から、今の特権を引っぺがそう、戦後の秩序を根本から否定しようと思っている。パヴィッチにおける多くの人の死は、単なる前哨戦でしかない過ぎない。トルタニア大陸中に『鐘楼の悪魔』を広めて、善良な人々と『対話』を試み、厄災を回避するためにはシエラフィータ族を根こそぎ根絶するしかないと理解させるのが俺の目的さ」


 ハウザーはぺらぺらと語り立てた。


「お前の望み通りにはさせねえと何度も言ってるだろうがよ、クソが!」


 ズデンカは睨んだ。だが一方でハウザーの煽動は多くの人間に受け入れられるだろうなと感じた。


 旅先で折々感じてきたとおり、ルナたちシエラフィータ族は嫌われている。


 だからと言って多くの人は嫌われている者たちをいきなり殺そうとはしない。


 でも、立身出世したシエラフィータ族を憎む報われることのない者たちの心は満たされないままずっとあり続けている。


 ならば、こういう理屈を与えてやればどうだろう?


 やつらは悪党で、善良なわれわれを迫害しようとしている。


 すると、たちまちのうちに虐殺が始まる。戦前、いや太古の昔から同じようなことは行われてきた。


――『鐘楼の悪魔』は人間の持つ憎しみの感情を増加させる。その姿を化け物に変え暴れさせる。


 パヴィッチでハウザーを滅ぼさない限り、そう遠くないうちにトルタニアに残っているシエラフィータ族はすべて殺されてしまうだろう。


 いや、憎しみの鉾先がそれだけで終わるはずもない。


 殺しは殺しを生み、全ての人間は潰乱される。


 結局それが、ハウザーの望みだ。


 ハウザーは破壊をもたらすために『対話』をする。


「殺す! お前は絶対にここで殺す!」


「あいかわらず兇暴なメイドさんだ。でも、これを見ても、そんなことが言えるかな」


 ハウザーは指を鳴らした。


 とたんに白服たちの布が裂かれながら腹部が異常なほど膨れ上がっていくのがわかった。


 紫色の酷く濁った色。


「信者たちにはあらかじめ用意した『鐘楼の悪魔』を体内に入れている。あ、演奏するものたちだけは除いているだけどね」


 ハウザーは涼しく笑った。


 苦悶の表情を浮かべながら、身体をイボだらけの化け物へと変化させていく人々は、ズデンカを目掛けて襲い掛かってきた。

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