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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第七話 美男薄情(5)

 あたしはお世辞にも豊かとは言えない家庭で育ちました。


 六人兄妹の末っ子でしたからね。いつも家の中を跳ね回っていた兄や弟が、毛布を首の周りに巻いて英雄ごっこをしている姿がいつも目に浮かびます。


 取り合って喧嘩までしてましたっけ。


 とにかく貧しい環境でした。おもちゃは買い与えられず、そんなものを使って遊ぶことしか出来ないんですから。


 早く家を出て独り立ちをしたいとばかり思っていましたね。


 ところが実際出てみると、まともに働ける店は少ないことが分かりました。


 稼ぎの良い職を探してしまいますね。結局酒場で働いて、男性とお話をする今みたいなお仕事に落ち着きました。


 あたし、話はまあまあ上手いですから。お客さんに杯を何杯も勧めるのは簡単でした。


 顔が綺麗だと褒められることも多かったです。


 でも、そういう風に何でも右から左に男の人を流していくようなことをやってたら、だんだん心が荒れてきますよね。


 男ってこんなにもチョロいものなんだって、内心馬鹿にしていました。


 でも、独りになるといつも泣けてきて。つまらない話を聞かされて褒めないといけなくて、身体を触られても耐えないとダメで。時にはホテルまで連れていかれることもありましたよ。疲れ切っていたんですね。不眠症にもなっていました。


 そんな時、ふっと夜道で声を掛けられたのがアルチュールとの出会いでした。

 最初はもちろん無視しましたよ。歩いてて声を掛けられるなんてしょっちゅうでしたし。


「うるさい!」


 でも向こうは何度も話し掛けてきて、やがて応じていました。


「とても疲れているように見えたから」


 アルチュールは微笑んで言いました。図星でした。


「まあ、お仕事がね」

「何の仕事してるの?」


 そこからは自然と仕事の話をするようになりました。


「そうか。辛い思いしてるんだ」


 アルチュールは素っ気なく共感してくれました。


 心を割って話せる友達がいなかったあたしは、ついついいろいろ話してしまいました。


 お酒が飲める場所に移動して、随分思いきったことまで喋りました。まったく繋がりのない二人でしたから。


 結局、雰囲気に流されて、そのまま一緒に朝を迎えたんです。


 今まで男の人と何度もそう言うことをした経験はありましたけど、その時ぐらい満たされた気持ちになったのは初めてでした。


「相手はたくさんいるから」


 アルチュールはそう言って、あたしとはその日限りで終わらせようとしました。


 でも、あたしは自分から進んで逢いたがりました。


「仕方ないなあ」


 とは言いながら、アルチュールは日を置いて何度も逢ってくれました。店に来られる客達とは違って自分から求めたんです。


 アルチュールは旅行が好きでした。色んな土地で、女の子を口説いているようでした。


 手紙が毎日のように届けられていたことをあたしは知っています。


 もちろん苦しい気持ちになりました。それが嫉妬なのかもよく分かりはしませんでしたけれど。


 でも、嫌なことばかりの灰色な日常の中ではその苦しさすら、かえって刺激になったんです。 


 反対にアルチュールはどんどん苛立っていきました。表面的に見れば色んな女性と付き合って充実しているようだったのに。


 夜になるとお酒ばかり飲んで、ぶつぶつと文句ばかり言っていました。


「どうしたの?」


 とあたしが訊こうものなら強く殴られました。


「なんでもねえよ!」


 あたしは床に押し倒され、首を絞められたのです。


 アルチュールの顔は真っ赤に歪んでいて、怒りに満ちていました。


 そしてそのまま……。


 アルチュールはどんどんあたしに暴力を振るうようになってきました。


 怒りの正体は分かりません。でも、シラフの時にも自慢話ばかりするので、本当は自信がないのだと気付きました。


 昼間目にするアルチュールはとても陽気で楽しそうです。でも、あたしはそうじゃない姿を知っているのです。


 先日もまた他の女の子と連れ立って歩いているところを目にしましたよ。遠くから気付かれないように眺めたんです。


 別に、寂しい思いはしなかったんですけどね。


 ああ、あたしはあそこにはいないんだなあって思うと悲しくなってきて。


 あたしは、アルチュールと別れようと思っています。


 面と向かって、彼の目を見て、さよならと言おうって。

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