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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第五十七話 ルツィドール(6)

「とりあえず、ホテルを目指すぞ」


 そう言い置いて後は縋り付いてくるジナイーダを無視し続けた。


視線はルナを抱えるカミーユの方へ向かった。


――ルナがハウザーに何か操られているとするなら、カミーユだって危険かも知れない。


 もう二度と仲間を吸血鬼に転化させるような事態にはしたくなかった。


「すまなかったな。お前にあんなもん見せちまって」


 ズデンカはカミーユに許しを乞うた。


「怖いですよ。今でも思い返すと手が震えちゃいますよ。でも……」


 とカミーユはズデンカの方を向いて、


「ルナさんを連れ帰らなきゃ、いけないですからね」


 と言った。その顔は明るかった。


 ズデンカは少しだけ心が軽くなった。


「ズデンカぁ」


 ジナイーダがまた甘い声を出す。


 ズデンカは無視を続ける以外に切り抜ける術がなかった。


 教団施設のある南側からパヴィッチの中央部へ、更には北側に向かって進んでいき、来た時に通過したホテル街に辿り着いた。


 ズデンカは適当な一軒を選んでそこを目指す。カミーユも尾いてきた。


 ズデンカはまず部屋を二つとった。その物々しい様子に案内員から驚かれたが、気にしている暇はない。


 階段を駆け上がって部屋に入る。


 ぐったりとしたルツィドールをベッドの上に寝かせた。


 ルツィドールはズデンカを見詰めることもせず、曖昧な表情で天井を眺めている。


「ズデンカぁ!」


 身軽になったズデンカにジナイーダは身を凭せ掛けてきた。


「まだ用事がある」


 ズデンカはそれを振り切って、ルナをカミーユから離し、もう一つの部屋に連れて行って寝かせた。


――今一番行動が読めないのはルナだ。


 そう思って部屋の鍵をしっかり掛ける。ルツィドールに反撃出来る力は残っていないし、ジナイーダはズデンカが傍にいればすぐに何かしでかすとは限らない。


 だが、ハウザーに何か暗示を与えられてしまったルナが何をしてくるか、ズデンカはわからなかった。


 カミーユにもこれ以上は迷惑を掛けられない。


 ズデンカは最初の部屋に戻った。


「今後のことだが……」


 ズデンカは周りを見回した。音もなくジナイーダは駈け寄ってきてズデンカの腕を抱いた。


「一応、敵の幹部を捕らえたことになる。なら、ハウザー側の情報を聞き出したいと思うんだが」


 ズデンカは迷っていた。


「何も言わないよ!」


 ルツィドールは天井を見ながら一声大きく吠えた。


「なら殺すか」


 ズデンカは冷たい声を装った。


「殺すつもりはないでしょ。ならあそこで見殺しにしているはずだよ」


 ルツィドールは鋭く言った。


「……」


 図星だった。殺すならあそこで殺していた。なぜそうしなかったのだろう。


――それだけじゃなく、あたしは此奴とハウザーをまた会わせようとまでした。


 二百年生きようと、ズデンカは自分の心がわからない。


「ズデンカがやらないんだったら私が殺るよ」


 ジナイーダが歩き出した。


「待て」


 ズデンカは猿臂うでを伸ばして引き止めた。


 まだ自分の力もろくにコントロール出来ない新生者ニューボーンにそんな役目を負わせるわけにはいかないのだ。


 ルツィドールを殺さず、普通の話を続けながら、少しでもこちらに利する情報を引き出さなければならない。

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