第五十七話 ルツィドール(3)
ズデンカはすぐに反論が浮かばなかった。確かに、ルナは人を殺している。
だが、「とんでもない」とはどう言うことなのだろう?
「ルナ・ペルッツはね。大戦中ビビッシェ・ベーハイムって名乗っていたんだ。多くのシエラフィータ族を殺したよ。なのに戦後はしれっと元の名前に戻って生き延びている。金持ちにもなっちゃってさ。ひひひひっ。おかしいよ!」
ルツィドールは攻撃的な笑いを交えながらぐったりしているルナを指差した。
「お前の言うことなんざ誰が信じるか!」
ズデンカはルナのがかつて話した過去の話を思い出していた。
ビビッシェ・ベーハイムはルナとポトツキ収容所で一緒だった少女で、ハウザーの手術によってルナと身体を繋げられていたことがある。
その後、ビビッシェが衰弱したことから二人は身体を離された。
ルナにはまだその時の痕が残っている。
だから、ズデンカもルナの話すことを信用して特別疑いはしていなかった。
同時にベーハイムは同時にハウザーの元で『火葬人』に編入され、シエラフィータ族の大量虐殺を行った人物として知られていた。
ルナの話を聞く限り、ビビッシェはとても弱っていたようだ。それがいきなり回復して、動き回れるとはとても思えなかった。
反対にルナの方は、収容所を生き延びている。
――もしかしたら。
ズデンカの中で小さな疑念が萌した。ズデンカはビビッシェ・ベーハイムの顔もよく知らない。過去に新聞記事で載ったものを見ただけだ。
ルツィドールが言うことは、もしかしたら正しいのかも知れない。
――正しいとして、どうした?
ズデンカはルナと変わらず旅を続けるだろう。
誰からも指差されない倫理を奉じて、ルナと一緒にいるわけではないのだから。
「あたしも人は殺しているし、お前もそうだろう。ルナもそうだったとして何の問題がある?」
ズデンカは正直に言うことにした。
「あははははははははっ! そうだよねえ。お前もとんでもない人殺しだった。はっはぁ! こいつはおかしいや!」
ルツィドールは額を押さえて大袈裟に身を反り返らせた。
ズデンカは瞬時にその傍によって、地面に蹴倒した。
ルツィドールは簡単に地面に転がった。最早抵抗出来る力は残っていないようだ。
「殺せよ! 今すぐに殺せよ!」
ルツィドールは叫んだ。その瞳に涙が宿ってることにズデンカは気付いた。
「抵抗しない相手は殺さない。お前はそれほどに弱っている」
「ハウザーさまに見捨てられて、何の価値があるんだよ。私なんかに!」
その言い草はさっき聞いたジナイーダのものと完全に被った。
ズデンカはさらに殺せなくなった。
「殺すとして、その前にお前の身の上話をしろ」
「ルナ・ペルッツ見たいなことを言うんだなお前は!」
ルツィドールは唾とともに吐き捨てた。
「話さずに死ぬのか?」
腕を組んだままズデンカは煽った。この手のタイプには有効だと思ったからだ。
「もう全てどうでもいい。話してやるよ。私は男の身体で生まれたんだ」
ルツィドールは言った。
――やはりか。
ズデンカはずっと探っていた答えが得られた思いだった。
何度も戦って、何となく不思議に思っていた」からだ。ルツィドールは声も高いし、細身だ。
でも、勘が鋭いズデンカはどこか引っかかるものを感じていた。
そういう存在は今の社会では特異であり、排斥される。




