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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第五十七話 ルツィドール(2)

 激しく全身を左右に動かす。胸に開いた大きな孔は徐々に塞がっていった。


 開いた服の向こう側には、復活した肌が覗いていた。


 ジナイーダは吸血鬼へと変わりつつあるのだ。


 それがどう言うことが、ズデンカは己の身で良く知っていた。


 今後、無限に近い長い時間を独りで生き続けるということだ。


だが、ジナイーダは致命傷を受けた。吸血鬼に転化させない限り、死んでいただろう。


 ズデンカはジナイーダに負い目がある。


 死ぬ危険性がある思いながらも、自分から進んで旅に同行させておいて、実際こんなザマになってしまった。


 ジナイーダの身体の硬直がやや弱まってきた。


 緩やかに胸が波打ってジナイーダは息を始める。


 転化が終わったのだ。


「ズデンカ……」


 ジナイーダは瞼を開き、ズデンカを見詰めた。


 ズデンカは悲しい気持ちでそれを見詰めていた。


 己の『闇の娘』を前にしても、嬉しさなんてこれっぽっちも感じなかった。


 ただただ、自分の責任感のなさに、呆れかえるばかりで。


 吸血鬼の男の有力者のなかには自分の闇の子孫を作りまくっている輩がいる。美しい男女だけを狙って。そういう話を聞くに付けても、ズデンカは男が嫌いになるのだった。


「お前は胸を貫かれる致命傷を受けた。だからあたしが血を飲ませて、吸血鬼ヴルダラクにしたんだ」


 そして、すぐに言うべきことを伝えた。


「吸血鬼……ズデンカはほんとにそうなの?」


 ジナイーダは訊いた。


「そうだ」


「じゃあ、私はズデンカと同じになったんだね」


「同じって訳でもねえが……」


 ズデンカは少し焦った。


「嬉しい」


 突然、ジナイーダは破顔してズデンカに抱き付いた。


「なっ、何しやがる!」


 ズデンカは驚いていた。


「私はママから捨てられて、もうどこにも居場所なんてない。いつ死んでもいいって思ってた。ズデンカと逢えたことだけが本当に幸せで。でも、まさかそのズデンカに仲間にして貰えるなんて本当に嬉しいよ!」


 ジナイーダは頬を擦り付けてきた。その口元を見ると確かに犬歯が伸びている。


「人にそれは見せるなよ。特にこの国ではみんな吸血鬼を恐れている」


ズデンカは注意した。

 

「どうやってしまうの?」


 ジナイーダは不安そうに訊いた。


「慣れだ。少し力めばこれぐらい」


 ズデンカは口を開いて自分の歯を伸ばしたり縮めたりしてみた。


「やってみるね」


 ジナイーダは見よう見まねでやってみせていた。ズデンカはその姿を眺めて、堪らなく愛しいと思った。


 多少時間を掛けていたが、何とか元に戻せたようだ。


 ズデンカはその間にルナに気を配っていた。カミーユも安心したのか近付いて来た。


「ルナ」


 ズデンカは声を掛けた。


「……」


 ルナの瞳は相変わらず虚ろだった。


――気がついたらルナはどう思うだろうか。


 ズデンカは考えた。


 ジナイーダに致命傷を与えてしまったこと。ルナも過去に何人かは殺めてきていたが、意味もなくそういうことをやった自分を許せるのだろうか。


――いっそ何も話さないというのも手だな。


 と思ったところでズデンカは立ち上がり、身構えた。


 その耳は廊下を歩んでこちらに近付いて行く跫音を鋭く捉えていた。


「誰だ」


 見ればすぐわかった。


 ルツィドール・バッソンピエールだ。


 カスパー・ハウザーの手下『詐欺師の楽園』一人だったが、先ほどハウザー本人から見捨てられた。


「そいつはとんでもない人殺しだぞ! よく一緒にいられるな!」


 馬鹿にするかのように顔を歪めながら、ルツィドールは叫んだ。

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