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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第五十六話 杉の柩(9)

 その時、ドアをノックする音が四回響いた。


「どなたですかぁ?」


 オドラデクが走っていった。


「俺だ」


 イホツクだった。


「上長! お見苦しいところをお目に掛けて申し訳ありません!」


 フランツは起き上がろうとした。


「いや、そのままでいい」


 イホツクは手を上げて制止した。そのままフランツのベッドに向かって歩いていく。


「でも……」


「単に書類を返しにきただけだ。お前いきなり倒れるから落としてたんでな」


 と腋に挟んだ封筒を、ベッドの上にポンと置いた。


「ありがとうございます」


「お前も無茶するなよ。お前に死なれたら悲しむ人がいっぱいいる」


 そう言ってイホツクは笑った。


「あ、ありがとうございます!」


 フランツはどもりながら二度感謝した。


「それじゃあいくぞ……そうだ」


 とイホツクは身を落として、


「死ぬなよ」


 と囁いた。


「はい」


 フランツは感激しながら、言った。


 跫音も立てずイホツクは去っていき、部屋の中は先ほどと同じ三人に戻った。


「押しつけがましい人でしたね」


 オドラデクは正直に評価した。


「余計なことを言うな」


 フランツは怒鳴ろうとしたが声を押さえた。健康に障ると思ったからだ。


「ほんとに押しつけがましい人ですよ。フランツさんにあれもこれも任せっきりにしちゃうんですから。ぷくー!」


 オドラデクは頬をまた膨らませた。


「なんだそれは」


 フランツは最初意図が読めなかった。だが何度か考え直してみた。


「あーもう、こんな時だけフランツさん起きちゃうんですからねえ。ずっと寝ていてもよかったんですよ。そしたらぼくが寝てますよって追い返してやったのにー!」


 もしや、これは。


「オドラデク、お前妬いてるの?」


 こんな男か女かもわからないような化け物に嫉妬されてもいい迷惑なのだが、と言いそうになったが押し殺した。流石にそれを言ったらオドラデクは傷つくと思ったからだ。


 しかも、その対象が面白い、犬狼神に上長とは。


 フランツが押し殺しているものが笑いに変わっていった。


「や、妬いてなんかないですよ!」


 オドラデクはあからさまに顔を赤らめた。


「図星だろうが」


 フランツはオドラデクを睨み据えた。


「何が図星なのだ」

 

 間にファキイルが入り込んでくる。


「オドラデクがファキイルを妬いてるらしいぞー」


 フランツはからかうように言った。


「何を妬く必要がある?」


 ファキイルは今ひとつよくわかっていないらしい。


 犬狼神にとっては妬くなどと言う地上の感情はあまり上手く理解出来ないのかも知れない。オドラデクがなぜ理解しているのかがよくわからないのだが。


「妬いてなんかいないですってばあ!」


 オドラデクは焦っていた。


――ざまあみろ。


 フランツは溜飲を下げた。そして、静かに立ち上がって歩いてみる。


 もう目眩はしなかった。


「早速いくぞ」


 フランツは衣装簞笥を開いて背広を探し始めた。 


「そう言えば」


 突然フランツ閃いて振り返った。


「杉の柩はどうなった?」


「ああ、あれですか」


 騒いでいたオドラデクは突然苦い笑いを浮かべた。


「昨日焼いちゃいましたよ。フランツさんを宿に担架で運んだ後でね。もうなんの必要もないでしょう。妬いたんじゃなくね。いい匂いがしてパチパチと音がなりました。夏場なんでちょっと暑かったですけどね」


 オドラデクは目を瞑って、楽しそうに言った。


 フランツは答えなかった。


 その場にいなかったのに、なぜかその炎が見え、芳香が満ち広がっているのを感じていた。

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