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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第五十六話 杉の柩(5)

「なんだと?」


 フランツはさすがに気になった。


「どこにあるか教えろ」


「へいへい」


 オドラデクはのろのろと動き始める。


「早くしろ」


 フランツは急かした。


 オドラデクはそれでも変わらずのんびり進んだ。


 幾列も並んだ墓石の一番端っこに墓石が二つあった。


 クラウス・ペルッツ


 マリア・ペルッツ


  表面には夫婦らしき者たちの名前が刻まれていた。


「聞いたこともない名前だ」


「土の方を良く見てください」


 オドラデクは冷ややかに言った。


 フランツはその通りにする。


 確かに二つの墓石のちょうど間に、新しく掘り返したらしい痕があった。


――上長は普通ならこんなことをするはずがない。俺に教えるために残して置いてくれたんだ。


 フランツは直感した。


 シャベルも近くの地面に差したままだった。フランツはそれを抜いて掘り始めた。


 すぐに堅いものがシャベルの先に当たった。


 フランツは丁寧に周りの土を除いていき、杉の柩を完全に掘り返した。


 ――これが、噂に聞く……。


 フランツは息を呑んだ。


 オドラデクはフランツには構わず、柩の蓋を思いっきり開けた。


「やっぱり、案の定」


 そして、薄く笑んだ。


 柩は空っぽだった。


 テュルリュパンが、そしてアルトマン妹が言ったことは正しかった。


 空、ということは間違いなく、ビビッシェ・ベーハイムは生きているのだ。


 別に驚きもなかった。半ば想像していたことが現実になっただけだ。


――殺す相手が増えるだけの話だ。


 一瞬忘れていた疲れがどっと戻ってきた。


「それにしてもこの柩、大きいな」


 フランツは杉の柩を何度も眺めた。二つ墓石があるのだから、柩は既に二つ埋められているはずだ。


 とても三つも入る余地はない。


「他の柩はどうなったんだ?」


 流石にそれまで掘り返す気は湧いてこなかったが。


「埋められていないんだよ」


 突然第三者の声が響いた。


 イホツクだった。


 フランツたちの後ろにいつの間にかやってきていたようだ。


「収容所で死んだんでしょう」


 オドラデクが代わりに答えた。


「よくわかってるじゃねえか」


 イホツクは破顔した。


「どういうことですか?」


 フランツにはまるでわからなかった。


 酷く嫌な予感がしていた。


 考えることを、拒絶するほどの。


「まず、時系列を説明しよう。十四年前、クラウス・ペルッツとその妻マリアはポトツキ収容所で死亡している。二人の娘、ルナ・ペルッツは独り生き残った。まず、これが事実としてある」


 イホツクは静かに説明した。


「墓に刻まれた二人はルナの父母だったんですね……」


 額を汗が伝うのを感じる。


 それは、暑いからではない。


「でもここはシエラフィータ教の教会ではない! なんでそこに墓があるんですか」


 フランツは必死に言い募った。


「スワスティカによって残らず取り壊されたからな。ここのは生前のペルッツ夫妻を知るものが密かに建てた。娘のルナは知らずにミュノーナに父母の墓を新しく作っている。スワスティカの残党は知っていてここに杉の柩を埋めたんだ」


 とイホツクは答えてから話を戻した。


「そして十三年前からビビッシェ・ベーハイムなる人物がスワスティカ親衛部特殊工作『火葬人』の一人として活躍を始める。フランツ、お前の父親がムルナウ収容所でベーハイムに殺害されたのは十二年前のことだったな。ところが不思議なことにビビッシェ・ベーハイムという人物は十四年前に既に死亡していることになっている」


「証拠があるんですか?」


 フランツは自分の声が心なしか強張っているのを感じた。


「スワスティカの連中は収容所を引き払う際に火を放った。だから、多くの書類は焼けてしまった。でも、人というのは本当につよいものだ。どんな状況下でも文書を残そうとする。中には残っていた記録があった。同胞の監視を任されていた囚人たちが地下深くに埋めていたんだよ。この柩のようにな」


「……」


「それによればビビッシェ・ベーハイムは十四年前に確実に死亡している。遺骨も見つかっている。つまり、十三年前からビビッシェ・ベーハイムを名乗っていた何者かは、本人ではなく、その名を騙っていたことになる」


「誰なんですか? 何を仰りたいのですか?」


 フランツは繰り返した。


「『火葬人』席次五、ビビッシェ・ベーハイムこそ、ルナ・ペルッツだと俺は言いたいんだよ」


 そう言って、イホツクは煙草を取り出し着火した。

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