第五十六話 杉の柩(1)
オルランド公国東部ティーク――
トラックは穴熊のようにうずくまる仄暗い森を抜けて、街の入り口へと入っていった。
スワスティカ猟人フランツ・シュルツはブレーキを踏んだ。
車は静かに止まる。
「おととととと!」
変な叫びを上げながらオドラデクが外へ飛び出していった。
「ガキか」
フランツは独りごちた。
先日殺したスワスティカの残党たちがパンフレットを持っていたティークを目指して、二昼夜走り続けても、オドラデクには一切疲れが見えない。
フランツは立っているだけでフラフラになっていたのに。
――やはり化け物だ。
毎度のことながら、その思いを強くするフランツだった。
「フランツ、大丈夫か」
荷台に乗ってきたファキイルが浮遊して降りてくる。
「他に見つからないように気を付けろよ」
そう注意はしたがフランツにはありがたかった。
「少し疲れた。宿で寝たい」
フランツは正直になることにした。
「一緒にいこう」
ファキイルが歩き出す。
フランツは尾いていくことにした。
フランツはオルランドの国籍を取得しているので、検問もなく街にはすんなりと入れた。
ティークはフランツにとってさほど思い入れのない場所だ。
何度か行ったことはあるが特別記憶に残るような出来事があった覚えがない。
いや。
綺譚蒐集者ルナ・ペルッツと一緒に行ったことがある。
短い旅だったのであまり記憶に残らなかった。
ルナとはもっと色々なところへ旅行したこともある。奇妙な体験をしたことも一度ならずあった。
――どんなことを話しただろう。
考えてみてもなかなか思い浮かばない。
もう過去に変わりつつあるという事実に、フランツは軽い痛みのような強襲を感じた。
――たとえ、生きていたとしても人は去っていくもんだな。
別にそこまで長く生きたつもりもないが、それでも眼の前を去っていった人間は多い。
スワスティカ猟人を目指してともに訓練に励んだ仲間たち。
――パウリスカ、ニコラス。
自然とその面影が現れた。
――いかんいかん。所詮は他人だ。今は別の方面で活躍しているに違いない。もっとも俺ほど成果は上げられていないだろうがな。
スワスティカの元幹部を次から次へ屠った実力者。
報告書も綺麗にまとめて送ったので、シエラレオーネ国内部でのフランツの評価は、名声は、ますます高くなっているに違いなかった。
――だが、カスパー・ハウザーも殺せていない段階でいくら褒められても困る。
フランツは飽くまで謙虚に考えようとした。
スワスティカの残党の中で一二を争う大物、それが元親衛部隊長のカスパー・ハウザーだ。
フランツ自身は不思議と出くわしたことがなかったが、トルタニア全土に『鐘楼の悪魔』という災いをもたらす本を拡散している全ての元凶と目されている存在だ。
そして、ルナ・ペルッツはその本を探しているらしい。
――あいつと比べたら、今まで倒した連中なんか可愛いもんだ。
フランツが殺してきた幹部たちは、殺したからといって人に危害を加えない者も多かった。
だが、ハウザーは危険だ。
ハウザー以上に攻撃的な幹部クラスはまだ残っているが近年姿を現しておらず、生死も定かではない。
喫緊の課題として、ハウザーを討伐しない限り命を落としていったシエラフィータの同胞にはなむけが出来ないのだ。
――急がないと。
だが、ティークに来たのは別の理由からだ。幹部が一人生きているか死んでいるかという真偽不明な情報を確かめるだけの――
「フランツさぁん」
ここで、間の抜けた声が聞こえた。




