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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第五十三話 秩序の必要性(1)

――ランドルフィ王国北部


 スワスティカ猟人ハンターフランツ・シュルツは、北へ北へ車を走らせ続けた。


 予定していた以上に、ランドルフィでの滞在が長引いてしまった。


 結局目的のクリスティーネ・ボリバルの複製たちの討伐は全て終わっていないのだが、正直きりがないと見極めを付け、まとめた書類を送ったのが既に数日前。


――後は北へ抜けるだけだ。


 まだまだスワスティカの関与者は数多い。トルタニアの全土、いや、海を越えて他の大陸へも逃げ延びていると言われる。


――全て狩る。


 フランツは心の中でまた決意を固めた。


 だが、そんな決意を嘲笑うかのように隣で居眠りをしているのはオドラデクだ。


「すやー、すやー」


 鼻から提灯を出している。


 もちろん、これはたぬき寝入りだ。フランツはよほど横面を張り倒してやろうかと思ったが我慢した。


「フランツさん」


 とつぜん、ぱちりと片眼を開けてフランツの方を伺う。


 フランツは答えない。


「まったくもう! これからどうするのかってぼくは訊きたいんですよ?」


「そうだな。俺も特には決めていない」


 フランツは本音を明かした。


「がくっ!」


 オドラデクは盛大にズッ転けた。


「なんなんですか! 決めていないのに移動するってどうかしちゃったんですか」


 オドラデクのツッコミは適確だった。


「あてどない旅立っていいだろ」


「フランツさん、あなた変わりましたね。旅の当初だったら、そんなこと絶対言わなかったはずだ」


「そうかもな」


 フランツはハンドルを注意深く回し続けた。


「とりあえず、ベーハイムを追いたいと思っている」


 やがてしばらく間を置いて、フランツは呟いた。


 旧スワスティカ特殊工作部隊『火葬人』席次五、ビビッシェ・ベーハイム。


「ベーハイムってたしか……」


「公には死んだことになっている。だが、俺は訊いた。テュルリュパンは死に際に奴が生きているといっていた」


 かつてフランツたちはロルカ諸国連合で、『火葬人』残党のテュルリュパンを葬り去ったことがあった。 


 その死に際に口にした言葉が、


『ビビッシェ・ベーハイムはまだ生きている……やつの杉の柩に』


 だった。


「与太話でしょう。あいつはビビッシェに惚れていた。それで生きていてくれればって思ったに違いないですよ」


「まあお前の言う通りかも知れない。だが、少しでも痕跡が残っているなら、俺は追いたいんだ」


 フランツは静かに言った。


 流石にオドラデクも何も言い返してこなくなった。


――すっかり気配がないがファキイルはどうしただろう。


 フランツは考えた。


 犬狼神ファキイルはフランツが操縦するトラックの荷台に身を潜めている。何かあれば知らせるという約束で。


 ランドルフィの国境近くに差し掛かった。


 広い道路に車は入り、疎らながらも何台かの馬車や車と並んで走ることになった。


「やれやれ、爆走して追い抜けませんかね」


 左右を見回してオドラデクは言った。


 フランツはやはり無視した。


 こう言う手合いは、これは一番訊く。


 やがて一台の車と静かに併走した。


 縁の広くて、白い帽子を被った女が車窓から軽く身を乗り出していた。


「あ、車! 珍しい!」


 明るく声を掛けて来た。


「旅は道連れ世は情けってやつですよ」


「ふふふ、お兄さん面白い!」


 オドラデクはその時、男に化けていた。 


「こっちの車に来れば、もっと面白い時間が過ごせますけどねぇ!」


「下手なナンパはよせ」


 フランツは小声で言った。

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