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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第五十二話 ひとさらい(5)

「タバコを吸う者もこの家にはもう長らくいませんでした。ドゥブラニカの夫が死んでからは。でも、それからも娘アナと私と三人で慎ましく暮らしていたんです。あんなことが起こるまでは……」


 ドラガは静かに語り始めた。


「ひとさらいですね」


 ルナが言った。


「はい。ほんとうに、いきなりのことでした。その日は私は家の中にいたのですが、ドゥブラニカが突然わめき声を上げて飛び込んできます。『アナがさらわれたって』いうじゃありませんか。たしかにその通りでした。アナの姿は部屋の中のどこにも、いえ、街中どこを探しても見当たらないじゃないですか。忽然と姿を消してしまいました」


「おや、なら、ひとさらいだとなぜわかるんですか?」


 ルナのモノクルが光った。


「目撃者がいたのです。黒い布に包まれた大柄な男だったそうです。早足でアナの肩を抱いて連れていったとか。何人もいたから間違いないでしょう」


「なるほど」


 ルナはまた煙を吐いた。


「最初、ドゥブラニカはアナが見つかるはずだと信じて、探し続け、そして待ち続けました。でも、一向に見つかることはありません。一年、二年。そして、だんだんとドゥブラニカは静かにおかしくおかしくなっていきました。まるで、アナがいるように。闇の中に、蝋燭すら灯さないで、『アナ、アナ』と名前を呼び続けるのです。私は何度も注意しました。でも、やめることはありません。回数はだんだん増えていきました。見知らぬ人に向かって、お前はひとさらいだひとさらいだとわめきたて、村の迷惑者になってしまいました。私も止めましたがあまりに繰り返されるので、とうとう、面倒臭くなってしまって月日が流れ……今日あなた方にご迷惑を掛けてしまうことになってしまいました」


 まるで話芸のように滔々とドラガは語った。


「なるほどなるほど、実に面白いお話ですね」


 ルナは拍手した。


――こいつ、あきらかにつまらなそうだな。


 ズデンカはすぐに見抜いた。


「さて、家の中を少し見させて頂きますよ」


 ルナは立ち上がって歩き出した。


 もちろんズデンカはその隣りに寄り添う。


「何を探す気だ?」


「わたしは探偵じゃないさ」


「それは知ってる」


「アナさんの形見とかを見たいと思ってね」


「まだ死んだって決まってるわけじゃねえだろ」


 ズデンカは焦った。


「アナの部屋はあちらです」


 ドラガが指差すままに二人は奥の部屋へと入る。


 旧い机やその上に置かれたぬいぐるみにはたっぷり埃が積もっていた。


「くしゅん……マスクが必要かな」


 ルナはくしゃみをした。


「誰も掃除してねえんだな」


 ズデンカは掃除したくなる欲を押さえた。


「あれはなんだろう」


 ズデンカは埃の塊を取り払った。


 もちろんくしゃみは出ない。既に死んでいるのだから。

 

「くしゅん。くしゅん。くしゅん」


 ルナがくしゃみを連発していた。


「何か見たことあるなこれ」


 長い棒の下に踏み台らしい板が取り付けられた簡素な遊具だった。


竹馬スティルツだよ。もう見るのは二十年ぶりぐらいかな。くしゅん!」


 ルナはハンカチで鼻を拭いながら言った。


「何だよそれは」


「子供の遊具さ」


 ルナは妙に鋭い笑みを浮かべながら、じいっとそれを観察していた。

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